ズルでなく策略
「だから、言葉を聞けばどこの出身かくらいは分かる。そこでよく使われてる薬もな」
本業に直結しているので、そういう情報には特に敏感なのだ。
「どうせお前たちは、王太子の病気を治そうなんて思っちゃいない。できるだけ王妃から細く長く搾り取るのが最高だ。だったら、まず使うのは眠り薬か強力な痛み止め。それで液状となれば、候補は限られてくるわな」
カマかけてみれば見事にひっかかりやがって、と凪は唾を飛ばしながら笑った。
「で、これからどーする?」
「どうするって……ぐえっ」
もがく男を、凪がさらに高くつり上げた。
「お前らの手品の種はバレちまった。証拠も俺が握ってる。金を出した奇跡に効果がないと分かったら、王宮から無事に出られるかねえ」
男の顔が青くなり、やがて紫になっていく。
「バラす気か」
「これ以外に画期的な方法があるってなら止めねえ」
男の顔色は戻らない。代替案などないのは、それで分かった。
「だ、黙っててくれるなら分け前をやる」
「んー?」
「半分……いや、あんたらが六割とってもいい」
「えー、困ったなー。どーしよー」
完全に凪は遊んでいる。頼むから、中年男が体をくねらせるのはやめてくれ。
「凪」
「うるせえな、分かってるよ。詐欺師共、喜べ。俺たちの目当ては金じゃねえ」
凪が告げると、男は目を白黒させる。では一体何が欲しいのか、と考えているのが見てとれた。
「そのかわり、今度治療に行くときに俺たちも連れて行け。実績がある相手からの紹介なら、王妃も喜んで会うはずだ」
「……危険なことはしねえだろうな」
「お前らの飯の種に害は与えないし、薬のことも黙っててやる──そっちが色々協力してくれればな」
凪がうっすら微笑むと、意識を取り戻した男たちがすくみあがった。それからしばらく、悪い大人が犠牲者に顔を寄せてなにやら聞いていた。
「次に行くのはいつだ?」
「明日……昼の鐘が鳴ったら」
「よし、じゃあ中央広場で待ち合わせだ。来なかったら、地獄の果てまで追いかけて代償を払わせてやるからな」
凪が念押しして、ようやく男たちを解放する。彼らは一切振り向かず、その場を逃げ出した。
「全く。派手にやってくれましたね」
ラクリマが肩をすくめながら、椅子を片付け始める。最初に椅子を動かしたのが自分だとは、死んでも言わないようだ。
晶たちも彼にならい、なんとか場は元の姿に戻った。
「おい、これ。迷惑料だ」
凪は店員に、銀貨袋を握らせる。
「常連がいなくなった穴埋めにはならんがな。王妃から報酬をもらったら、追加で払うよ」
「いや……これだけで。あの人たちが来ると、嫌な雰囲気になるんです。元々大儲けしたかったわけでもないし、良かった」
店側にそう言ってもらえると、晶たちも気が楽になる。客たちも自分の席に戻り、酒のおかわりを頼み始めた。
「しかし、王室も大変なことになってるんだなあ」
「けっ、酒を取り上げるような奴らがどうなったって知ったことか。天罰だ」
「先王よりひどいことにならなきゃいいが」
「考えても仕方ねえだろ、飲もうぜ」
会話が交わされる中、すっかり上機嫌になった凪は高レートの賭けをして、かなり銀貨を失っていた。
☆☆☆
翌日になって、晶と凪は面会の段取りを始めた。
「まずは王妃だ。彼女に気に入られなきゃ、王太子まで辿りつかない」
凪は意気込んで言った。
「紹介だし、間違いはないと思うが念のため全部俺が喋る。お前は、じっとしてろ」
晶はうなずく。すると凪は、荷物の中からなにやらものものしいケースを取り出した。カタリナが見たら眉をひそめそうである。
「それ何?」
「昨日の夜、現代から色々持ってきた。初穂にまた借りが増えたぞ」
ケースの中には、未使用の注射器と保冷剤が入っていた。凪はそれを確かめ、懐にしまう。
「目的は、患者の血液採取。あとは現代科学が頑張る」
「ものすごく堂々としたズルだね……」
「文明は利用するためにある」
凪は気にもとめず、次へ進んだ。
「これを刺して、血液をとる時間がいる」
「僕が歌でも歌おうか」
「慣れないことはよせ。成績『2』のくせに」
痛いところをつかれた。
「策は、もう考えてあるよ」
凪は晶に、白い石を見せた。
「寝室の窓の外に、池がある。俺が合図したら、これをそこに落とせ」
「それだけ?」
「それだけ」
「ええ……」
石は片手でも楽に持てた。重く見積もっても、せいぜい五百グラム。池に落ちても、音や水しぶきは大してないだろう。
しかし凪が「大丈夫」と言い張るので、晶はそれを受け取って身支度をした。
「あっ、先生」
「今日はどうぞよろしく。へへへ……」
「おう。余計な世辞はいいから、荷物を見せろ。余計なことをされちゃ、敵わんからな」
横柄な凪にへり下る呪術師たちとともに、晶たちは王太子がいる宮殿へ入った。青の町の中にあって、白一色の宮殿は嫌でも目立つ。
「ようこそ。息子がまた、痛みを訴えております。神の恵みをお与えくださいませ」
出迎えたのは、驚いたことに王妃本人だった。女性にしては背が高く、凪とほとんど変わらない。ドレス自体は簡素な物だが、金と宝石をふんだんに使った首飾りと腕輪は素晴らしかった。
それだけに、目の下に隈をつくっている彼女のやつれ具合が目立つ。