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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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牙を隠した大山猫

「よし、俺たちも行くぞ。勝手に離れるなよ」

「うん」


 あきらは進む。


 賭場といえば、金の壁に鮮やかな照明、赤絨毯。派手な内装の室内には様々なテーブルがあって、客は好きなところでディーラーとの勝負を楽しむ。


 そういう固定観念があった晶は、室内を見て唖然とした。壁はごつごつした岩肌むき出しで、床は木張り。賭け用のテーブルも二つしかなく、従業員の顔にはやる気が無い。客たちはギャンブルより、岩肌に添って作られたカウンター席で酒を飲むのに夢中だった。


 その中で、一際酒杯をあおる男たちがいた。彼らは金を持て余している様子で、勝負に負けてもけらけら笑っている。


 店員もいぶかしく思っているようだが、彼らの機嫌を損ねないよう気を遣っている。そのおかげで、大きなトラブルは起きていなかった。


 晶は似顔絵を確認する。


「間違いないね」

「よし、向こうから声をかけてくるまで動くなよ」


 そう言って、なぎは難しそうな本を読み始めた。表紙に複雑な魔方陣が描いてある。


「おい、そこの馬。お前も呪術師か?」


 似顔絵の男たちが、凪を見つけた。


(かかった)


 凪もそう思っているのは間違いない。しかし彼は、おどおどした様子で返事をした。


「はい。でもまだ、駆け出しで」

「それならこんなとこで読書するなよ」

「酒がないと、落ち着かないんです」

「ま、分かる分かる。この国はどこも堅苦しくてつまんねえな」


 男たちは馴れ馴れしい口調のまま、凪と晶を囲んだ。


「兄ちゃん、王のところへ行くつもりなのか?」

「どうして分かったんですか」


 凪が目を見開くと、男たちが下卑た笑い声をあげる。


「そりゃな。有名だから」

「ここの王妃様は、新しい治療法があるって言えば謁見させてくれるからな」

「成功すれば、報酬もすごい。おかげで金が余って仕方ねえ」


 わんわんと声が室内にこだまする。晶は吐き気をおぼえたが、我慢した。


「良かった、聞いていた通りです」


 凪が笑う。男たちは面白そうに、先を続けた。


「しかし馬のお兄ちゃん。王妃から金をもらうとなれば、ある程度成果が必要だ。お前の秘策はそれができるようなブツか?」


 確かに王妃も、効かない方法に金を出すほどお人好しではないだろう。


「先祖代々、伝わる薬草があります。きっと王太子の苦しみも取り除いてくれるはず」


 凪が懐から、乾燥した葉っぱを取り出した。男たちはそれを見るなり、大声で笑い出す。


「な、なにか」

「確かにそれは薬草だが、ちょっとした傷を治す程度のもんだ。重い病には効かねえよ」

「え……」


 凪はそれを聞いて、ぴたりと動きを止めた。驚いたことに、目に涙まで浮かべている。


「泣くな泣くな。田舎の出か?」

「己の未熟さが悔しくて。先輩方は、どんなものを?」

「よく聞いてくれた。特別なやつだぜ」


 凪は、わざとらしく顔を両手で覆った。それに気付かず、男たちが液体の入った小瓶を出す。


「これが伝説の聖水よ。痛みに苦しむ王太子が、一回の服用で穏やかに休まれた」

「休めば病は治る、世の中の常識だな。王妃もようやく休めると、涙ながらに礼を言われた」

「おかげで俺たちは王妃のお気に入り。毎回お呼びがかかるのさ」

「……その水の正体、当ててやろうか。ボローの樹液だろ」


 凪がついに、本来の姿に戻った。いきなり飛んできた冷たい声に、男たちが目を白黒させる。


「何だと、お」


 前、まで言われるより先に、凪の手が伸びる。無防備な男から、あっという間に小瓶を奪い取った。


 そして至近距離にある相手の顎に、思い切り頭突きをかます。くらった男は昏倒し、後ろ向きに倒れた。


 晶も師匠にならって同じ動きをする。これで二人。しかし体格的に不利なため、追撃せず凪と合流した。


「くそ、猫かぶってやがったな」

「お前らほどじゃない」


 店員と他の客が、呆然として立ちつくしている。残った呪術師たちはナイフを出し、彼らに向かってすごんだ。


「助けを呼ぼうなんて考えるんじゃねえぞ。衛兵にバレたら、てめえら全員牢獄行きだからな」


 ひっ、と怯えた声があがった。残った呪術師たち……総勢四名は、血走った目を凪に向ける。


「……なーんでお前ら、そんなに殺気立ってんのかねえ。ボクちゃん、言い当てられたのがそんなに悔しかった?」

「うるせえっ」


 顔を真っ赤にした男たちが、つっこんでくる。まっすぐに。いやはや、彼らはすがすがしいほどに凪しか見ていなかった。


 だから、横手から滑ってきた椅子に気付くはずがない。


「ぎゃっ!」


 まず一人が脛を強打して倒れ、後の三人も巻き込まれて転ぶ。


「晶」

「分かってる!」


 晶と凪は弱った敵に向かって、遠くから椅子を投げまくった。容赦なく降り注ぐ固形物に、男たちが打ちのめされる。


「よしよし」


 完全に敵は戦意を失った。ここで凪が、さっき薬を出した男の胸ぐらをねじ上げる。


「残念だったなあ。うぶな若者だと思ったか? 俺はお前らの万倍、あちこち動き回ってんだよ」


 確かに。そのせいで店にほとんどおらず、苦労するのは晶なのだが。


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