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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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生きていくための知恵

「ほら、料理も来たぞ」


 焼き飯のような食事まで来てしまった。大人二人は、涼しい顔でそれをつついている。


(ええい)


 自分だけおどおどしているのが馬鹿らしくなって、あきらは目の前の飯に匙をつっこんだ。


 味つけはニンニク醤油にそっくりだ。飯と一緒に、刻んだ獣肉とネギに似た野菜が入っている。好みの味だが、味付けが濃くてやたら喉が渇く。それはなぎたちも同じようで、ひっきりなしに茶をおかわりしていた。


「どうですか、うちの伝統料理は」


 ラクリマが晶に聞いた。


「おいしいです……でも、ちょっと濃いかな」


 晶が正直に言うと、ラクリマがにっこり笑う。


「もう少しすると、ここはひどく暑くなります。薄味だと、食べた気がしないでしょう? まあ、この店は特に濃いですが」


 ラクリマが水を向けると、店員が口を尖らせる。


「しかし、香辛料は贅沢だぜ」

「温かい地ですから、庭でいろいろ育つのですよ。皆、売らずに自分の家で消費してしまいますがね」


 ラクリマの話を聞きながら、晶は最後の飯をたいらげた。


(……って、おい)


 心の中でツッコミを入れる。このままだと本当に、ただ夕飯を食べただけではないか。


 するとラクリマが立ち上がった。


「店主、勘定を」


 二人が小銭のやり取りをしている。すると別の店員が、晶と凪に寄ってきた。


「出口はこちらです。ご案内しますよ」

「先に行ってください」


 会計を続けながら、ラクリマが言った。凪が晶に目配せし、歩き出す。


 さっきまでの眠気が吹き飛んだ。晶は慌てて、雇い主を追いかける。


 奥の扉をくぐると、調理場が見えた。その横を、細い廊下が走っている。その先には下へ続く階段があり、店員はそこへ入っていった。


 彼を追って、晶たちは地下へ移動した。そこが賭場かと思ったが、ただかび臭いだけでがらんとした一室だった。晶が流石に苛ついてきた時、ラクリマが追いついてくる。


「さ、みんなで彼の話を聞きましょう」

「では、ご案内します。中に入ったら本名は隠してください。お互い呼ぶ時は、ブローチの動物名のみです。あと、うちでできるのはカードとルーレットだけなのでご了承ください」


 店員は前掛けの中から、ブローチを取り出す。ラクリマは猿、凪は馬、晶は羊だった。全員が身につけたのを確認すると、若者は空っぽの棚に手をかける。


 重そうに見えた棚が、横にするりと滑った。隠れていた部分の壁が、がばっと奥にえぐれていて、そこから更に階段が伸びている。


「じゃ、ごゆっくり」


 晶たちが入ると、棚はまた元に戻った。暗い地下には、定期的に明りが置いてある。天然の洞窟を利用した通路には、時々どこかから風がふいてきた。


「どうされましたか、難しい顔をなさって」

「ああ、特別なことじゃないんですけど……店員さんたち、普通だったなって」

「入れ墨ついた、ごつい兄ちゃんがいると思ってたか」


 凪がにやつく。晶は頬を膨らませた。


「だって、ギャンブルって非合法じゃん」

「……まあ、アキラ様のおっしゃる通りです。裏の世界とつながっていない賭け屋などありません。しかしここにはちょっと、事情がございまして」


 ラクリマは遠い目になった。


「元々この店には、賭場なんてなかったんですよ。気の良い店主とその家族がやっている、ただの飲み屋でした」


 高級路線ではなかったので、決して楽な経営ではなかった。しかし近所の人々から愛されており、店主は家業を心から楽しんでいたという。


「そういう人間は、実はあまり多くない。幸せな奴だ、と皆に言われていました」


 だが、国王の政策によって彼に逆風が吹く。


「風紀を乱す──ということで、酒が提供できなくなったのです」

「卿が言ってたな」


 売り上げの柱を失った店、生きていく手段を失った職人。自殺する者も続出したが、王は頑として意見を変えなかった。


「酒で人生を失った者は、その何倍にもなると」

「まあ、正論ではある」

「食っていけなくなった者にしてみれば、災難以外の何物でもないですが。上に何人客がいたか、覚えていらっしゃいますか?」

「確か三人……」


 晶が答えると、ラクリマがうなずいた。


「とてもじゃないが、儲けは出ません。よって、人目を忍んで賭場を始めたのです。もっぱら酒を飲みたい者だけが集まるので、賭けはおまけのようなものですが」

「客は近所の住民が多い。──見慣れない奴がいたら、みんな遠巻きにするだろうな」

「そのとおりです」


 凪が言う。ラクリマが眉間に皺を寄せた。


「……正解ですが、どこでそれをお聞きに? ここの店主も客も公になれば捕まる身、口は固いはずです」

「千里眼ってことにしとけ。知らない方があんたのためだ」


 まさか地図から見たとも言えない凪は、口を濁す。ラクリマは悔しそうだったが、結局折れた。


「おっしゃる通り。ここのところ、妙に金回りのいい男たちが増えた。あんなに資金があるのならもっと高級な賭場に行けばいいのに、何故か頑なにそれを拒む」


 階段が途切れた。少し先から明りが漏れ、ひっきりなしに人の声が聞こえてくる。


「くれぐれも、お気をつけて。中では知らないフリをしますので」

「了解。帰る時に、また会おう」


 ラクリマはすぐに明りの中へ飛びこんでいった。


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