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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
74/110

スパイにしては緊張感のない

「それは……大変でしたね」

「あいつ一人が清廉ぶるのは勝手だがな。『金に溺れて人民の健康を害してはならない』などと抜かしおって。城下でどれだけの者が首をくくったかも知らずに」


 王とインヴェルノ卿の仲は最悪のままだ。晶の横で、セータが居心地悪そうに体をよじる。


「被害はそれだけじゃないでしょう、インヴェルノ卿。もっとまずいことがあるはずだ」

「その通り、話が分かるな。そもそも、あいつは昔から……」


 なぎがうっかりインヴェルノ卿に合わせてしまってから、話が過去にさかのぼり始めた。主に見えないよう、ラクリマが目配せをしてくる。この好意をうけて、あきらたちは部屋を抜け出した。


 卿の声が聞こえなくなると、セータがようやくしゃべり出す。


「助かった。父上があの話になると、長くて」

「性格も政策も合わんなら、仕方ないさ」


 凪が後ろを気にしながらつぶやく。


「しかしお前、なんでオーロと仲がいいんだ? 親がこれだけ対立してたら、普通はすり込まれるだろ」


 凪が聞くと、セータはうつむいた。


「昔はこんなんじゃなかった。俺が病気になってから……ファンゴ王との関係は急に悪くなったんだ」


 セータは伏せっていたため、詳しい経緯は知らない。しかし、周りの対応が変わったことにはすぐ気付いたと言う。


「それまではひっきりなしに貴族が来てたけどな。うつされるのも王に睨まれるのも嫌なんだろう、ぱったりなくなったよ。俺も、友達が誰もいなくなった」


 その中でただ一人、交流を続けてくれたのがオーロだったという。


「今は病気だから全然だけど……昔は木登りだって走りだって、あいつの方が上手だった。家臣の目を盗んで、遊びに来てたよ」


 セータは遠くを見つめながらつぶやく。


「俺はいつの間にか元気になったけど、今度はあいつがどうにもならなくなった。他の連中はこう思ってるだろうな、俺からうつったんだって」


 晶は、セータがオーロの元に通い続ける理由が分かった。


 一回起こったことなら、二度目もある──今度は自分が、オーロの病気をもらい受ける気なのだ。


「晶。俺のこと、危なっかしくて見てられないって言ったな」

「……ああ、言ったね」

「でも、止まれない。あいつが元気にならないと、俺は心から笑えないんだ。だから……少しでも気になるなら、協力してほしい」


 肩を落としたまま、セータが懇願する。晶が諾と答えると、何故か凪がそっぽを向いた。



☆☆☆



 昼間はさわやかな水色の町も、夜の闇の中では深青の底に沈む。急に冷たい風が吹いてきて、晶は上着の前をかき合わせた。


 この辺りは周りより標高が高い。山からの地下水がたっぷり使えるのはいいが、朝と夜が寒いのが欠点だ。


 そう晶に教えた凪は、早足で前を歩いている。彼の横に、ラクリマが添っていた。分かりにくい通りをいくつも曲がったが、老執事の足取りに迷いはない。


「相当通い詰めてるな」


 凪がからかったが、ラクリマは足を止めなかった。


「……そこに、いるかなあ」


 一通り説明を受けて納得したものの、そう都合良くいくだろうか。晶は、似顔絵の束を見ながらつぶやいた。


「いるに決まってる」


 凪がやたら自信たっぷりに言う。それと同時に、ラクリマが立ち止まった。


「ここです」


 彼が指さしたのは、何の変哲も無い一軒家だった。ただ、居酒屋になっているらしく料理の匂いが漂ってくる。


 看板は出ていない。ただ時々、落ち着かない顔をした男女が出入りしていた。


 晶たちが足を踏み入れる。中は意外に広い。日本なら鰻の寝床と呼ばれる、縦に長い造りだ。客は壁に向かっているテーブルか、カウンターで食事をとる形になっている。座っている客はわずかに三人だった。


(さっき入った数と合わない)


 晶は店内に目を走らせながら、そう思った。


 ラクリマはカウンターに腰を下ろす。凪と晶も同じようにした。


「注文は?」


 髭を生やした店員が、ぶっきらぼうに聞いてくる。


「シンゴラレはあるかね」

「あいにく、さっき出ちまいまして」

「そりゃ残念だ。……もう店主の姪っ子は手伝いに来ないのかね?」

「先月、嫁に行きましてね」

「じゃあ、景気づけにウーノをもらおうか。三人分だ」


 ラクリマがそう言うと、店員の視線が鋭くなった。


「子供もいるじゃないか。やめときな」

「中身は大人だよ。私が保証する」

「あんたに言われてもねえ……店主に聞いてみるから、待ってな」


 店員が頭をかきながら、奥へ消えていく。凪と晶は苦笑いした。


 一連のやり取りが、賭場へ入るための合い言葉なのだろう。ラクリマだけでなく余計な荷物もくっついているから、店が及び腰になったのだ。


 しかめ面のまま、店員が戻ってくる。


「仕方無い。出してはやるが、全部食えよ」

「すまんね」


 許可が出た。パチンコ店にすら入ったことのない晶は、賭場と聞いてわくわくしてくる。しかしラクリマはどこにも移動せず、ただ出された飲み物をあおるだけだ。


 晶のところにも同じ物があったので、飲んでみる。──ただのお茶だった。日本のものより甘いが、それ以外に特別なことはない。


 飲み干して空のグラスを観察しても、何も浮かんでこない。あまり露骨な動きもできないので、晶は困った。


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