怒られた
セータに先導されて、お屋敷街を歩いて行く。日本の高級住宅街とは比べものにならない豪邸が、競うように並んでいた。
「ほら、ここだ」
セータが足を止める。彼の指さす館に向かって、白い石畳の道が延びていた。両側には、絨毯のように様々な花が配置された花壇があった。花壇だけでも、サッカーコートができそうな広さである。
「花ばかり見て……そんなに好きなのか?」
「手入れが大変そうだなと思って」
「そのために園丁がいる」
聞けば、園丁たちは朝早くに大方の仕事を済ませてしまうという。客の目に触れない配慮だそうだが、大変な仕事だ。
晶たちはさらに進み、館までやってきた。基礎材は白い石で、表面を削って滑らかにしてある。そこへ更に金細工が重なって、柔らかな曲線を描いている。金の匂いを鼻先で嗅がされながら、晶は門をくぐった。
「お帰りなさいませ。どこへ行っておられたのですか」
出迎えた執事の声には、たっぷりと怒りが含まれている。
「少し空気を吸ってきただけだ。客人に何か食べ物を頼む」
「そのようなお約束は聞いておりませんな」
「──カード」
「最高級のお茶と食事を用意いたします。お部屋へどうぞ」
「え、えっ」
晶が状況についていけなくなっても、セータは早足で歩き始める。仕方無いので、大人しく彼に従った。
案内された部屋は、淡いグリーンの壁紙が美しかった。壁に合うように、家具は全て白で統一されている。長椅子の上にのっているクッションだけが、鮮やかな桃色だった。
大人っぽくて素敵だと晶は思ったが、セータはため息をつく。
「つまらん部屋だが、ここで我慢してくれ」
「綺麗じゃない」
「女子供じゃあるまいし。俺の部屋ならもっと面白い物があるんだが、さすがにそこまでお前を入れられないしな」
彼なりの用心の結果だった。セータはそう言った後、さらに続ける。
「オーロを救ってくれたら、連れて行ってやる」
「……別にいいよ」
「何だと。お前が泣いて見たがるようなものばっかりなんだからな。後で後悔しても遅いぞ」
「文法がおかしいよ」
「うるさい、言葉尻をとるな」
セータがむくれた時、執事が戻ってきた。彼は慣れた手つきで、三つのカップを卓に置いていく。
晶は首をかしげた。自分を見張るために、彼も同席するのだろうか?
「おい、二つでいいぞ」
セータが言う。すると執事は、「はて」と呟いた。
「もうお一方、お見えなのですが。ほら、そこに」
「晶アアアアアッ、てめえええええッ」
「ぎゃあああああああ」
目をつり上げた凪の顔を見て、晶は悲鳴をあげた。
どうしてここが分かったのか。そして何故、この部屋まで入ってこられたのか。
謎はたくさんあるのだが、今は怒り狂っている雇い主が一番怖い。美形に怒気が加わると無敵だと、晶は思い知る。主のセータですら止められないのだ。
晶とセータ、それにラクリマと名乗った執事。その三人に当たり散らして、ようやく凪は平静に戻った。
「ごめんなさい。急に姿を消して」
「当たり前だ。初穂も知らないって言うし、にやつくカタリナ相手にどれだけ押し問答したと思ってる」
晶が戻ってこない。そう分かった後の凪の行動はこうだ。
まず、カタリナと黒猫を問い詰めて手がかりを聞き出す。地方がようやく特定できたら、虱潰しに地図を見ていった。
「目がしぱしぱする」
「申し訳ありませんでした」
そこまで心配をかけていたのか。晶は心底反省した。
「酒場に賭場に娼館。くまなく探して疲れた疲れた」
「そんなとこにいないよ?」
「分かるもんか」
凪はうそぶく。結局、自分が見たいところを物色していただけのようだ。
「それはいい。お前、市で暴れたらしいな」
「まあ……そうですね……」
「師弟で犯罪者だ。めでたいことだな」
晶ははっとした。それなら凪は、どうやってこの屋敷に入ってきたのだろう。女性ならお得の話術で陥落できようが、目の前にいるのはいかにも厳格そうな男性執事である。
「……じい。また一人、秘密を知る者が増えたのか」
「そのようです。行き帰りには、気を遣っていたのですが」
苦々しい顔で、主従が会話する。
「秘密って?」
「ギャンブルだよ。特にカード賭博がお好きらしい」
晶の問いに、凪があっさり答える。
「ええ?」
いかにも真面目そうな老執事が。晶は信じられなかった。
「分からないのも無理はない。こいつ、演技が完璧だからな」
セータがラクリマを指さす。
「しかし、ナギ殿には通じませんでした。只者ではないな、と。禁を破りまして申し訳ございません」
「仕方無い。お前の代わりはそうそうおらん」
「ありがたきお言葉」
セータたちはまとまったが、晶の受難はこれからであった。
「晶。何があったか、全部ぶちまけろ」
「はいいい」
晶は抵抗を放棄した。
「……ただ一目見ただけのガキを助けにねえ」
「煉瓦の壁を、命綱なしで登ってたら気になるでしょ」
「放っておけよ。趣味かもしれないだろ」
「衛兵の目をかいくぐってたから、お偉いさんの子かもしれない。恩を売っておけば、凪に何かあったときに有利でしょ」
「絶対そこまで考えてなかったくせに。口だけ達者になりやがって」
凪がばりばりと首筋をかいた。