決めてしまった、大馬鹿者
「物事に絶対はないよ?」
「お説教ならごめんだ」
「落ちなくても、落とされることがあるしね」
セータの顔から、血の気がさっと引いた。
「そんなこと、あるわけない」
「僕もそう思いたいけどね。うちの店主は、医学の心得があるだけで牢に入れられた。逃げ出せないように」
それを聞いたセータの目が、大きく左右に揺れる。
「息子を助けたいのは分かるけど、手段を選ばなすぎる。そんな人が、勝手に食物を持ってくる相手に何をするか──想像してみたことがある?」
セータが歯を食いしばる。口の端から、低い呻き声が漏れた。
「君もいいところの子だろうけど、相手が国王じゃ分が悪いよ。医者がついてるだろうから、余計なことはしないこと」
王族であれば、打てる手の多さは一般市民と段違いだ。晶は素直に、そう思っていた。
「……あんな奴ら」
セータの目に、みるみる涙がたまっていく。それはあっという間に目尻からあふれ出し、頬を流れた。
「何の役にも立たなかった。半年経ってもオーロが良くならないから、国王は全ての医者を王宮から叩きだした」
時々しゃくりあげるが、セータの口調ははっきりしていた。彼の言うことに、嘘はなさそうだ。しかしそれなら、彼の治療はどうなっているのだろう。
「代わりにのさばってるのは呪術師たちだ。変な薬を持ってくるのはまだいい方で、魔物を寄せ付けない結界だの、穢れを払う呪文だの……うさんくさい奴ばっかりいる」
医者を排除してしまえば、自然とそうなるだろう。晶はうなずいた。
「奴らは王妃の心をつかんでる。甘い言葉で、いつかきっと奇跡が起こるって言ってた。けど、それじゃオーロは救えない。大人はそのことに気付いてるのに、王妃が怖いから涼しい顔をしてるんだ」
セータは地を踏んで悔しがる。晶も他の子供たちも、彼にかける言葉がなかった。
「最近は、オーロに飯すら満足によこさない」
「ええ?」
晶は本気で驚いた。それでは、虐待ではないか。
「死んじゃうじゃないか」
「土からできるものは、不浄だからダメだって言い出した呪術師がいたんだ。それで実際、少し良くなったらしい」
「野菜や果物、穀物は全部口にできないじゃないか」
「四肢を地に付けてるから、獣や虫も穢れてるらしい」
「無茶だよ。良くなるはずがない」
「川魚と、空を飛ぶ鳥だけはいいってことになってる」
「あのねえ……鳥だって疲れれば地上に降りてくるし、魚なんて虫が好物だよ。ガバガバな理論じゃないか」
「王妃は知らないからな」
セータが口を尖らせる。
「王族育ちだから、完成した料理しか知らない。呪術師たちのいいカモさ」
晶はそう言われて、妙に胸が痛かった。
(僕だって、生きてる魚なんてしばらく見てないな……)
テレビやネットがあるから、知識としてはある。しかし実感があるかと言われれば、首をひねるしかない。
(現代人なんて、この世界からすればみんな貴族みたいなものかも)
そう考えると、妙に胸が痛かった。
「これで分かったろ? あいつらの好きにさせといたら、オーロが殺される。だから、俺が頑張るしかないんだ」
セータの鼻息は荒い。しかし、彼だけでどうにかなると思うほど晶は甘くなかった。
「君、医学の知識は?」
「一年、先生について習った」
周りからおお、と声があがる。しかし晶は、苦笑いするしかなかった。
現在、医学部は六年通ってようやく卒業となる。それでもどうにもならず、現場に出てようやく形になっていくのだ。凪から、それにまつわる苦労話は散々聞いていた。
(座学だけ一年なら、やってないのとほぼ同じだなあ)
しかしそれでも戦おうとするセータを見て、晶の中にある思いが芽生える。
(ああ、またか)
どこか他人事のように、それを眺める自分がいた。
そんなものは押しつぶしてなかったことにしてしまえばいいのに、どうしても自分は面倒な方へ走ってしまう。
凪はまた怒るだろうが──最終的には諦めてくれるだろう。
「君が行き始めてからも、オーロは良くなってないんだろう? だったら、君も呪術師も変わりないじゃないか」
セータが急に言葉に詰まった。
「素人が集まってみても仕方無い。僕を、オーロに会わせてくれないか」
「治せるのか?」
「それを判断する」
どうなるかわからない。しかし可能性に、晶は賭けた。
セータはじっと、晶の顔を見つめる。そしておもむろに言った。
「分かった。お前に任せる」
☆☆☆
「話がまとまったからには、すぐ行動だよ」
というわけで、晶とセータはオーロがいるという宮殿に足を向けた。しかし、近づくだけで様子がおかしいとわかる。
「何、これ……」
宮殿の庭どころか、そこにつながる道までびっしり衛兵で埋め尽くされている。蟻の這い出る隙間もない、とはこんな時に使う言葉だろう。
「いつもこんななの?」
「いや、異常だ。何かあったのか……?」
(もしかして囚人が逃げたから、警備強化されたかな?)
原因は自分かもしれない。しかしそれを口にするわけにはいかないため、晶は誤魔化す。
「みんなに帰ってもらったのは、正解だったね」
「ああ。こんな状態で見つかったら、有無を言わさず袋叩きだ」
晶はぞっとして、また話題を変えた。