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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
70/110

決めてしまった、大馬鹿者

「物事に絶対はないよ?」

「お説教ならごめんだ」

「落ちなくても、落とされることがあるしね」


 セータの顔から、血の気がさっと引いた。


「そんなこと、あるわけない」

「僕もそう思いたいけどね。うちの店主は、医学の心得があるだけで牢に入れられた。逃げ出せないように」


 それを聞いたセータの目が、大きく左右に揺れる。


「息子を助けたいのは分かるけど、手段を選ばなすぎる。そんな人が、勝手に食物を持ってくる相手に何をするか──想像してみたことがある?」


 セータが歯を食いしばる。口の端から、低い呻き声が漏れた。


「君もいいところの子だろうけど、相手が国王じゃ分が悪いよ。医者がついてるだろうから、余計なことはしないこと」


 王族であれば、打てる手の多さは一般市民と段違いだ。あきらは素直に、そう思っていた。


「……あんな奴ら」


 セータの目に、みるみる涙がたまっていく。それはあっという間に目尻からあふれ出し、頬を流れた。


「何の役にも立たなかった。半年経ってもオーロが良くならないから、国王は全ての医者を王宮から叩きだした」


 時々しゃくりあげるが、セータの口調ははっきりしていた。彼の言うことに、嘘はなさそうだ。しかしそれなら、彼の治療はどうなっているのだろう。


「代わりにのさばってるのは呪術師たちだ。変な薬を持ってくるのはまだいい方で、魔物を寄せ付けない結界だの、穢れを払う呪文だの……うさんくさい奴ばっかりいる」


 医者を排除してしまえば、自然とそうなるだろう。晶はうなずいた。


「奴らは王妃の心をつかんでる。甘い言葉で、いつかきっと奇跡が起こるって言ってた。けど、それじゃオーロは救えない。大人はそのことに気付いてるのに、王妃が怖いから涼しい顔をしてるんだ」


 セータは地を踏んで悔しがる。晶も他の子供たちも、彼にかける言葉がなかった。


「最近は、オーロに飯すら満足によこさない」

「ええ?」


 晶は本気で驚いた。それでは、虐待ではないか。


「死んじゃうじゃないか」

「土からできるものは、不浄だからダメだって言い出した呪術師がいたんだ。それで実際、少し良くなったらしい」

「野菜や果物、穀物は全部口にできないじゃないか」

「四肢を地に付けてるから、獣や虫も穢れてるらしい」

「無茶だよ。良くなるはずがない」

「川魚と、空を飛ぶ鳥だけはいいってことになってる」

「あのねえ……鳥だって疲れれば地上に降りてくるし、魚なんて虫が好物だよ。ガバガバな理論じゃないか」

「王妃は知らないからな」


 セータが口を尖らせる。


「王族育ちだから、完成した料理しか知らない。呪術師たちのいいカモさ」


 晶はそう言われて、妙に胸が痛かった。


(僕だって、生きてる魚なんてしばらく見てないな……)


 テレビやネットがあるから、知識としてはある。しかし実感があるかと言われれば、首をひねるしかない。


(現代人なんて、この世界からすればみんな貴族みたいなものかも)


 そう考えると、妙に胸が痛かった。


「これで分かったろ? あいつらの好きにさせといたら、オーロが殺される。だから、俺が頑張るしかないんだ」


 セータの鼻息は荒い。しかし、彼だけでどうにかなると思うほど晶は甘くなかった。


「君、医学の知識は?」

「一年、先生について習った」


 周りからおお、と声があがる。しかし晶は、苦笑いするしかなかった。


 現在、医学部は六年通ってようやく卒業となる。それでもどうにもならず、現場に出てようやく形になっていくのだ。凪から、それにまつわる苦労話は散々聞いていた。


(座学だけ一年なら、やってないのとほぼ同じだなあ)


 しかしそれでも戦おうとするセータを見て、晶の中にある思いが芽生える。


(ああ、またか)


 どこか他人事のように、それを眺める自分がいた。


 そんなものは押しつぶしてなかったことにしてしまえばいいのに、どうしても自分は面倒な方へ走ってしまう。


 なぎはまた怒るだろうが──最終的には諦めてくれるだろう。


「君が行き始めてからも、オーロは良くなってないんだろう? だったら、君も呪術師も変わりないじゃないか」


 セータが急に言葉に詰まった。


「素人が集まってみても仕方無い。僕を、オーロに会わせてくれないか」

「治せるのか?」

「それを判断する」


 どうなるかわからない。しかし可能性に、晶は賭けた。


 セータはじっと、晶の顔を見つめる。そしておもむろに言った。


「分かった。お前に任せる」



 ☆☆☆



「話がまとまったからには、すぐ行動だよ」


 というわけで、晶とセータはオーロがいるという宮殿に足を向けた。しかし、近づくだけで様子がおかしいとわかる。


「何、これ……」


 宮殿の庭どころか、そこにつながる道までびっしり衛兵で埋め尽くされている。蟻の這い出る隙間もない、とはこんな時に使う言葉だろう。


「いつもこんななの?」

「いや、異常だ。何かあったのか……?」

(もしかして囚人が逃げたから、警備強化されたかな?)


 原因は自分かもしれない。しかしそれを口にするわけにはいかないため、晶は誤魔化す。


「みんなに帰ってもらったのは、正解だったね」

「ああ。こんな状態で見つかったら、有無を言わさず袋叩きだ」


 晶はぞっとして、また話題を変えた。



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