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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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世間は意外と狭いもの

 あきらが頭をかくと、気のよさそうな店主が大笑いした。


「いいんだよ。みんなすっとしたから。なあ」


 彼が呼びかけると、周りの商人たちもうなずく。


「そうそう、あいつら勝手に割り込んできてよ」

「俺の荷物を崩しても、そんなところに置いたお前が悪いの一点張りだぜ。あんな態度の悪い奴、初めてだ」

「あんたはまだいいよ。あっちの爺さんなんて、噛みついたから商品壊されちまった。子連れで遠くから来たのに、気の毒な」


 皆が愚痴を言い始めた時、衛兵が到着した。あまりじろじろ顔を見られたくない晶は、これ幸いと通りを歩き出す。


「……坊主」


 すると、よく日に焼けた老人から呼び止められた。


「この町の人間か?」

「いえ」

「旅するなら、焚き付けがいるだろう。それ以外には使えんが、好きなだけ持って行け。代はいらん」


 彼が指さす先には、踏みつぶされた木工人形が並んでいる。この人が、さっきの話に出てきた「爺さん」なのだろう。


「はい。助かります」


 晶は持てるだけ人形を持つ。老人の横にいた小さな女の子が、黙ってついてきた。少し離れた交差点まで来たところで、その子が言う。


「お兄ちゃん、そんなに使う? 重いでしょ」

「……まあ、時と場合による」

「じいちゃんに気を遣ってくれたのは嬉しいけど、少しにしときなよ。貴重品だと思われて襲われたら、割に合わないでしょ」


 年の割にしっかりした子だ、と晶は苦笑いする。


「いいよ、戻して。焚き付けはみんな欲しいから、タダであげたらはけると思う」

「じゃあ、お言葉に甘える。でも、かわりにこれを受け取って」


 晶は、女の子の手に金貨を握らせる。前にクロエにもらったものだ。あらかた凪が換金してしまった残りで、余っているのでちょうどいい。


「なにこれ? 玩具なの」

「あ」


 取引の中心は銀貨・銅貨で、流通量の少ない金貨は富裕層以外には喜ばれない。使う機会が無いし、盗んだのだと怪しまれることもあるからだ。それを思い出した晶は、慌てて銀貨に直した。


「代金」

「壊れたものでお金なんてもらえないわよ」

「いいよ。美味しい物でも食べて帰ったら」


 女の子は少し迷っていたが、おもむろに銀貨をつかむ。そして礼を言うと、一目散に祖父のところへ走っていった。


「さて」

「おい」


 運命とはおかしなものだ。向こうから目当てが来てくれることも、まれにある。


 晶をにらむのは、美しい服をまとった少年だ。良い物を食べているのか、頬の血色もよく艶々している。


 彼の右手は、剣を握っている。飾りは金・銀・宝石と豪華だが、一目でなまくらと分かった。本物の剣なら重いため、子供が片手で持つことはできない。


「儀礼用の剣?」

「よく分かったな」

「そんな高そうなもの持ってたら、危ないよ」

「だから人を選んで話している。金貨を持っているし、その身なりなら誘拐するほど困窮してはなかろう」


 晶は呆れていたが、少年は尊大なままだ。


「商人を探してるんだが、露天街はどこだ?」


 あっち、と言いかけて晶はやめた。身なりのいい少年の後ろから、さっきの三人組が出てきたのだ。


「おい、答えろよ」

「その必要は無いって」

「子供だからって、馬鹿にするなよ」


 少年がむくれる。晶はだってねえ、と続けた。


「もうないよ、その店。話はつけてきた」

「えっ」


 驚く少年たちをよそに、晶は銅貨の入った袋を振る。


「はい、さっきのお釣り」


 リーダー格の少年が、中を改める。彼の表情が、少し和らいだ。


「……取り戻してきたのか?」

「変な用心棒はいたけどね。不意打ちでなんとかなった。自分より大きい相手でも、首元とか目とか股間を狙えば隙が出来るよ」

「へえ……」

「お前ら、お互いにやるなよ」


 晶の言葉を聞いてざわつく子供たちに、リーダーが釘を刺した。そして晶に近づく。


「助かった。文句を言いたかったが、こいつらに怪我させるわけにはいかないからな」

「果物を買うように頼んだのは君?」

「ああ。俺がうろうろしてたら、親父にバレるから」


 市場で買い物するのが異常な者──やはりこの少年、いいところの出である。


(でもこの世界、召使いが普通にいるよね。その人に頼んじゃダメなのかな)


 晶は頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ダメだ。親父に告げ口されたら、洒落にならない。知ったら親父は怒り狂って、いつも同じ事を言う──」

「「「オーロには近づくな」」」


 リーダーが息を吸うのと同時に、子供たちが先回りして言う。


「人の台詞を取るな」

「だって、セータが何回も同じ事言うんだもん」

「王子の名前くらい、誰でも覚えてるしな」


 晶は、自分の頬が引きつるのを感じた。あの暗い牢の映像が、脳裏に蘇る。


「ちっ……」


 顔を真っ赤にする少年、セータに向かって晶は言った。


「君はそのオーロが好きなんだね。でも、窓から侵入するのはよくないよ」


 煉瓦造りの建物。外壁のわずかなくぼみに手足をひっかけ、二階まで登る姿に晶は度肝を抜かれた。だから、ここまで追いかけてきたのだが。


「どこで見たんだよ」

「いや、ちょっとね……」

「落ちやしねえって。果物籠も、ちゃんと背負ってる」

「そのための果物か」

「ふふん。オーロはいつも喜んでくれるぞ」


 セータは得意げに胸を張る。病気だからと食べ物を制限されている親友に、好物を届けているのが誇りのようだ。晶はかがみこみ、視線を彼に合わせた。


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