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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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やっぱりというか流石というか

なぎから、地図のことって聞いてます?」

「ああ、聞いてるわよ。大事なものなんでしょ? ちゃんと管理するわよ」


 さすがに秘密までは話していなかったが、根回しはできている。あきらは安心した。


「分かりました。僕、二階の掃除があるのでちょっと失礼します」


 誰か来たら呼んでくれ、と言い置いて晶は立ち上がった。カタリナが、何も言わないのについてくる。


「いや、なかなか骨のある女子じゃ」


 さっきまでの不機嫌は消え、カタリナはにこにこしている。初穂はつほが気に入ったようだ。


「楽しくてよかったね。でも、不用意に姿を見せようとするのはやめて」


 もう何回繰り返したか分からない注意を口にする。しかし、カタリナは柳に風と受け流す。


「そんなことまで目くじらたてるでない」

「こっちじゃ、宙に浮く人なんていないんだよ」

「ほう、晶はずいぶん意地悪になったのう。それではせっかく教えようと思ったことも、口の中へ引っ込んでしまうわ」

「え?」


 どういうことだ、と聞き返す。しかしカタリナは煙のように、空中でかき消えてしまった。


(あっちの世界で、何があった?)


 晶は二階へ駆け上がった。この薬局には、おおっぴらにできない秘密がある。店主が不在なのも、それが原因だ。


 息も落ちつかないまま、晶はクローゼットを開け放つ。その中には、丸めた羊皮紙が立てかけてあった。広げると、大人一人その上で寝られるほど大型の地図となる。骨董としてもそれなりに値がつきそうだが、これにはそれ以上の絡繰りがあった。


 地図の向こうには、生きた人間が暮らす「異世界」がある。これは、二つの世界をつなぐ架け橋なのだ。


 晶は地図の一点を指でたたく。すると、そこに暮らす人々が浮かび上がってきた。


 白と青で統一された町並み。薄青から濃紺までトーンの違いはあれど、町全体が海の底に沈んでいるようだ。その中を、鮮やかなローブに身を包んだ人々が行き交っている。晶には、彼らが熱帯魚に見えた。


「今回の町は、綺麗だなあ……」


 ずっと見ていたくなる思いをこらえ、晶は店主の凪を探す。しかし、目当ての人物は一向に現れなかった。


(人だかりがあれば、そこにいるはずなのに)


 凪は四十代だが、絶世の美貌を保っている。どこにいても、彼の周りには女性が群がり、逆に男性陣からは白い目を向けられる運命なのだ。だから晶も、町さえ聞いておけばすぐに見つかると高をくくっていたのだが──


(まさか)


 最悪の予想が頭をよぎった。晶はなめるように町を見ていく。


(こんな大きな町なら、必ずある)


 そこに生活の気配はない。その代わり、武器を持った兵士か傭兵がいるだろう。建物自体に装飾がなく、窓が小さくて高所についていれば間違いない。


「あった」


 特徴的な建物が、ついに見つかった。小窓に寄ってみる。


「暗ッ」


 枠内を覗いたが、墨を流したような闇が広がるばかりだった。電気があるのに慣れた晶には、室内の様子が全く分からない。


(カタリナに頼むか?)


 可能性の低い賭けに出ようとした瞬間、闇の中に光が見えた。晶は地図に食らいつく。


 手持ちランプを持った二人組の兵士が、ゆっくり見回りを行っている。彼らを追うことで、ようやく晶も牢の内部構造を理解した。


 ぶ厚い石壁のところどころに、扉形の穴があいている。そこを進むと鉄格子があり、囚人はその向こうにいるのだ。


 点呼が行われる。兵士に反抗的な態度をとる者はいない。光も音も奪われた囚人たちは、ただうつむき時が過ぎるのを待っていた。


「相変わらずここの奴らは、大人しくて助かるな」


 背の高い方の兵士が言う。すると相方は、大げさに肩をすくめてみせた。


「……そうか、お前はしばらく休みだったものな」

「凶悪犯でも入ったのか? くそ、聞いてないぞ」

「いや……そういう奴じゃない。見た目は端麗そのもので、話もちゃんと通じる」


 答えを聞いて、兵士はますます混乱した。


「ならさっき、なんであんな顔になったんだ」

「一回話せば分かる」


 小柄な兵士がすたすた歩き出した。嫌なことは早く済ませてしまいたいという思いが、動きに出ている。


 兵の足音に混ざって、なにやら歌声が聞こえてきた。


「げ」


 晶は唸った。店主の声である。兵士たちは妙な歌──日本のポップスを歌う男に近づき、ため息を漏らす。


「その妙な歌をやめろ。言ったはずだぞ!」


 小柄な兵士が、凪に向かって怒鳴る。しかし囚人は、こたえるどころか一層大声で歌い始めた。本当に人の神経を逆撫でするのが上手だ。


「野郎……」


 長身の兵士が、槍を構えた。異世界に「囚人の人権」などというお優しいものは存在しない。腹に穴をあけてやる、と思っているのだろう。


 しかし、小柄な兵士が青くなって同僚を止めた。


「ならん。腹は立つが、そんなことをしたら俺とお前は即日斬首だぞ!」

「どういうことだ。こいつは何物で、どんな罪でここにいるんだ」


 問われた兵士は、相方を引っ張って耳元でささやく。


「いいか、余所で漏らすなよ。この男、罪と言えるようなことは何もしてない」


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