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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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爆弾発言で始まった

 あきらは目の前の客をちらっと見て、ため息をついた。


(困った。これは困ったぞ。ああ、困った)


 三段活用で困ってみたものの、問題が消えてなくなるわけではない。


なぎがいないってのに……僕には、荷が重すぎるよ)


 とりあえず客に紅茶を出してから、晶はこう断ってみた。


「店主は本当にいつ戻るか分かりませんので、よかったら外で時間を潰されませんか。戻ったら、携帯にお電話しますので」


 しかし目前の客──中年男性とその娘──は、そろって首を横に振った。


「……構わない」

「大丈夫です。お気遣いなく」

(ずーっとここで待ってられる方が嫌なんだけどなあ……)


 心の中でそうつぶやきながら、晶は肩をすくめた。すると、台所からカチャカチャ食器が揺れる音がする。


「店主さんがそちらにいるの?」


 娘が立ち上がろうとするのを、晶はあわてて制した。


「いや、店主なら表から来るはずです。猫でしょう……叱ってやらないと」


 渡りに船、ようやくバックヤードへ引っ込む理由が出来た。晶は早足で台所に赴く。


 卓の上にすらりとした黒猫がいて、退屈そうに自分の皿をもて遊んでいた。黒猫は晶に気付くと、口元を歪める。


「役に立ったかね?」


 猫は素晴らしいバリトンボイスで、人間の言葉を話した。しかし晶は驚かない。この生物、本当は猫などではないからだ。


「黒猫、ありがとう。ちょうどいい口実になったよ」

「それは喜ばしい。今日の夕食はサービスしてくれよ。賢人の知恵は、タダではないからね」


 そう、本人の言う通り。この猫、元は人なのである。呪いで普段は猫になっているが、己の身に危険が迫った時だけ、元の姿に戻れる。


「分かったよ。今日は秋刀魚ね、旬で安いし」

「甘鯛」

「ダメ」


 この猫、高い食材ばかりかぎ当てる。にゃあにゃあ鳴かれても、財布に諭吉がいないので無理だが。


「黒猫よ。知性をかなぐり捨てて、食欲に走るか? 情けないの」


 冷たい女の声が、天井から降ってきた。長い銀髪を腰まで伸ばした少女が、空中に浮いている。彼女は腕組みをして、黒猫をねめつけた。


「七賢人筆頭の座、白猫様に戻した方がよいのでは」

「絶対嫌だ。晶、私は秋刀魚にも甘鯛にも興味はない。好きにしたまえ」


 黒猫もきつい視線を返した。


(ああ、また始まった)


 晶はため息をついた。この二人は元々仲が悪い上に、今日は来客のせいでうろうろできずストレスがたまっているのである。


「まだお客さんがいるから、喧嘩しないでね」

「なんじゃ。えらく流行っておるの」

「ずっと同じ人がいるだけだよ」

「何、まだおるのかあいつら。凪はいないと言えばいいのに」

「言ったよ。帰ってすぐ話がしたいからここで待つって聞かないんだって」


 晶が眉を八の字にしていると、黒猫が笑った。


「正直には言えないね。店主は、()()()の世界だから」


 晶はうなずいた。店主かつ、雇い主である不死川凪しなずがわ なぎには秘密がある。それは決して、公にできないものだった。


「晶が対応すれば良い。あいつらがいると窮屈で敵わん」


 カタリナが髪をもてあそびながら、適当なことを言う。晶は顔をしかめた。


「ダメだよ。僕はただのバイトだし、女性の化粧品のことなんて分からない」


 そう、今ソファに陣取っている娘は、メイク用品を求めているのだ。


 彼女の名前は高口美沙たかぐち みさ。傍らで怖い顔をしている父親は、丈治じょうじと名乗った。


 始まりは、娘がある男にこっぴどくふられたことだった。彼女の見返してやりたいという気持ちはまだ分かる。


 困ったのは父親だ。それに反対しており、ちゃらちゃらした娘を店主と説得すると言う。せめて外でやってくれ。あまりにも自分中心な態度に、晶は辟易していた。


「何を悩む。はっきり言ってやれば良かろうが。ブテーフとかいう若者には容赦なかったのに」

「あれはたまたまだよ」


 現実世界、しかもお金が絡んだ相手には言いにくいのだ。


「だったらカタリナ、相手してくれる?」

「ほう。我の力を借りたいとな」

「いや、誰もそこまでは……」


 いつもは面倒くさがりのカタリナが、妙に乗り気だ。絶対に悪い意味で楽しんでいる。


「晶がそこまで頼むのなら仕方無い。さっさとその尻をソファからどけろブサイクと言ってやる」

「いらないって!! 待ってカタリナ!!」


 晶があわてて止めたが、彼女はするっと壁を抜けてしまう。その直後、扉の向こうで派手な音が鳴った。


「ああああ……」

「そう落ち込まずとも。あれでも白猫直属の部下であり、世界の番人だ。秘密を明かすような真似はしまいよ」


 落ち込む晶を、黒猫がなぐさめる。


「あんな変な女が出てきたら、客も帰るだろうしね。凪もいないし、結果的にちょうどいい」

「それもそうか」


 少し気が楽になった晶は、扉越しに居間の様子をうかがう。なにやらぼそぼそ会話する声が聞こえてきた。


「ねえ、黒猫」

「ん?」

「なんか会話が盛り上がりすぎてるというか……これ、喧嘩じゃない?」

「うにゃーん」


 このオッサン、都合が悪くなると猫に戻ってしまう。晶は意を決して、居間に続く扉を開けた。


「もう一回言ってみろ!」

「へー、こんなにはっきり言ったのに聞こえなかったんだ。加齢だね、おっさん」


 晶は目の前の光景が信じられなくて、何度もまばたきをした。客と喧嘩をしているのは、カタリナではない。


 見たこともない女だった。モデルのようにすらりとした体で、足の長さは日本人離れしている。着る人を選びまくるであろうゴシックロック調のシャツとパンツをまとい、青い口紅とカラーコンタクトを添えていたが彼女にはよく似合っていた。


「じゃ、もう一回言ってあげる。あんたの娘さん、化粧してなんとかなるタイプのブスじゃないわよ」


(いきなり何してくれてやがりますか、この人──!?)


 晶は顎が外れるほど、大きく口を開いた。その間にも、目の前の喧嘩はノンストップで進んでいく。


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