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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
109/110

鈍い男

「下がれ」


 そう言うのが、やっとだ。どうして立っていられるのかも、分からない。猛烈な喪失感が、王の心を埋めていた。


 いなくなればいいと思っていたはずなのに。

 いつバレるかと、毎夜心配していたはずなのに。


 実際遠くへ行ってしまうと、どうしてこんなに胸が痛むのだろう。


「お、ちょっとは人間らしい面になったな。俺の機嫌がよくなったから、もう一つ教えてやろう。サリーレ博士は、お前が追放した。取り消す時間も権限もあったのに、やらなかった。娘を死の淵まで追いやったのは病でも、最後のひと押しをしたのはお前だ」

「わ、わたしが……わたしが……」

()()()()()()()()()()


 王の全身を、怒りが巡る。それは爆発する寸前まで膨らみ──涙に変わった。


 嗚咽が漏れる。男たちは見たくもないと言わんばかりに、背を向けて立ち去っていった。



☆☆☆



「さて、気が済んだ」

「悪い男だね、君は」


 低く呟きながら、黒猫はなぎの前に回り込んだ。


「お前ほどじゃない。うちの世界からの持ち込みを許可してれば、オーロは助かったんだぞ?」

「それは御免被るね。『前回』の二の舞になる」

「前の奴は、相当好き勝手にやってたんだな」


 凪がからかうと、黒猫は全身の毛を逆立てた。


「いい加減にしないか。君も、本気でやるつもりじゃなかったんだろう」

「ははは、参った」


 凪は早々に白旗をあげる。医師免許は持っているが、開業もしていない自分がインスリン注射を大量に手に入れるのは不可能だろう。


(最初から、諦めてたわけじゃなかったんだがな)


 あの王がもう少し話せる奴なら、そこを説明してやったのだが。


「……泣き声がやんだな」

「なんでも知ってる凪くんに聞こうか。王は、どうしたと思う?」


 黒猫の問いに凪は答えず、歩き続けた。



☆☆☆



 兵士たちを放り出すと、船はすっかり通常運行に戻った。疲れているだろうに、パーチェは部屋に戻らずぼんやりしている。


「もうすぐゴルディアだって。そこから、何か見える?」

「まだ、ぼんやりしか。眼鏡がないもの」


 手先の器用な船員がいて、眼鏡を修理してくれていると彼女は言った。


「金具が曲がったくらいだから、大したことないだろうって」

「良かったね」


 あきらが相づちをうつと、パーチェは黙り込んだ。その瞳には、適切な言葉を探している迷いがある。


 たっぷり五分は経ったろうか。晶の背中が痛み出した時、パーチェがようやく口を開いた。


「アキラ、どこから来たの? ゴルディアじゃないわよね」

「遠い国……としか、言えないな」


 晶が含みを持たせると、パーチェはすぐそれに気付いた。


「言いたくないの? 言っちゃいけないの?」

「どっちもかな」


 日本のことを話しても、信じてもらえないだろう。不用意に情報を与えて、カタリナににらまれるのも嫌だった。


「……行ってみたいな、アキラの国」

「パーチェ、勉強好きだもんね。僕の国なら、すぐ先生になれそう」

「……まあね」


 おかしい。急に空気がひんやりしてきた。パーチェがあからさまにがっかりしたのが分かる。


「何か変なこと言った?」

「別に」


 言葉にトゲが混じっている。晶は目を泳がせた。


(ど、どうしよう?)


 頼りになる凪もいない。口の中が乾いてきて、このままどこかに飛んでいってしまいたくなる。


「分かった。この話は、おしまいにしましょ」


 晶は顔を上げた。パーチェがいつもの笑顔に戻っている。


「そんな顔されちゃ、ね」

「ごめん」

「いいわよ。アキラが鈍いことはよく分かったから」

「う……」


 モテたことがないのを、見透かされてしまったようだ。晶は口唇をかむ。


「アキラ」

「ん?」

「また会える?」

「うん。会いに来る、約束するよ」


 それを聞いてパーチェが微笑む。彼女の背後に、ぼんやり陸地が見えてきた。



☆☆☆




 パーチェをレオに託したところまでは良かった。完璧に計画通りだった。しかしその後、しつこく引き止められて遅くなってしまった。


(まずいな、陣の出口を勝手に変更したし……凪、困ってるよなあ)


 晶はやや強引にレオを振り切り、外に出た。すると、黒猫が待っている。


「ははは、やり遂げたね」

「……格好悪かったかな」

「いや、よくやったよ。君も立派に、エテルノではお尋ね者だ。……それも長くは続くまいがね」


 意味深な言葉に、晶は首をひねる。黒猫は構わず続けた。


「さ、私の隣に来たまえ。魔方陣のところまで連れて行ってあげよう」

「うん」


 楽ができるなら、それに越したことはない。晶は言葉に甘え、陣を張り直した。パーチェの家付近に降り立ち、凪を探す。


「あっ、いた」


 案の定、凪は特に怪我もせず、焼け跡を見ながらぼんやり座っていた。十年分の小言を覚悟して近づいていったが、凪の様子がおかしい。


「どうしたの? 元気ないね」


 凪は同じ姿勢のまま、ちらっと晶を見上げる。


「ん……お前か」


 声にも張りがない。おかしい。この天上天下唯我独尊男が、へこむなんて。


「どっか痛いの?」

「いや。死体を見過ぎて気分が悪いだけだ」

「ああ」


 焼け跡には、兵士や蜥蜴とかげの死体が転がっている。確かに、気が滅入る光景だ。


「やっぱり、あれだ。自分のせいで死人が増えるってのは、嫌なもんだ」

「凪のせいじゃないでしょ」


 晶は言う。凪が、わずかにまぶたを引きつらせた。


「みんないい大人なんだから、自分で選んだことの責任は取らなくちゃいけない。蜥蜴はかわいそうだけど、ここの兵士たちは仕方無いよ」


 あらゆる行動には、副反応がつきまとう。それに伴う不利益は、選んだものが背負っていかなくてはならない。自由であるとは、そういうことだ。


「お前、意外と鋼メンタルだな」

「理論的に考えたらそうなるでしょ。あっちから襲ってきたのに、なんで僕らが悩まなきゃいけないのさ」


 晶が口を尖らせる。それを見た凪の顔が、ふっと緩んだ。


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