狭間に立つ少女
「ふん、そうだろう。うちの連中が、それくらいのことに気が回らないと思ったか」
敵は大人数ではない。船に乗せられる術士の数が限られているからだろう。──ということは、乗り込んできたとしても一気に押さえられる場所は限りがある。
そんな状況で真っ先に狙われるのは、武器・食料・火薬の置き場と、舵。船員たちは相手の考えを読み、先に防御を固めていたのだ。
「舵はどうなった。あそこを押さえれば、連中はどこにも行けん」
「まだ報告が……」
「ええい、まだるっこしい。術士に連絡しろ。横手から攻撃して、沈めてやる!!」
兵士たちが悔しげに言った。それを聞いたイゾラが立ち上がって、舵に手をかける。
「馬鹿共め。でかい船に喧嘩を売るとどうなるか教えてやる」
イゾラが舵を動かすと、船が左右に大きく揺れる。晶はつんのめって、床に膝を打ち付けた。これで兵士を振り落とすつもりなのだろうか。
「くそ、揺れるぞ!」
「ロープに捕まれ!」
しかし兵士たちは、すぐに対応策を見つける。
(そうだよな……甲板には、つかまるものもいっぱいあるし)
揺れる、傾くといっても船が垂直になるほどではない。大の大人がそう何人も落ちるとは思えなかった。
(じゃあ、何のために?)
晶は考えたが、いい案が浮かばない。するとパーチェが、肩をたたいてきた。
「大きなものが、水上で跳ねたら何が起こると思う?」
晶はその映像を思い描き──そして、気付いた。
「波だ」
水は近くの物体に当たると、自由自在に形を変える。泡立ち、さざめき、そして時には周りの物を飲みこむ。
「あんな小船、横波には弱いわよ。竜骨もないし」
術士やこぎ手は船に残っていたはずだ。イゾラ船長はそこを狙ったのである。これでは術を撃つどころではない。
「さすがですね」
しかし褒め言葉を聞いても、イゾラは喜ばなかった。
「……だが、これで終わりじゃねえ。俺たちと同じく、奴らも何人か人質をとってるはずだ」
「確実に、困ったら彼らを盾にしますね」
「詳しい状況が知りたい。俺が注意を引く、動けるか坊主」
「はい」
「そこが隠し扉だ。船の後ろに出られる」
晶が這い出したのを見て、イゾラは息を吸った。
「おい、てめえら。うちがただの船じゃねえことは分かっただろ」
上甲板に向かって、イゾラが腹に響く声で叫ぶ。返事はなかった。
「喧嘩を続けようってんなら、最後までとことんやるぞ。その覚悟があるのか」
晶は声を聞きながら、船長室を抜け出した。船の帆柱に登って、甲板を見下ろす。兵士たちは全て船長室の方を見ているため、誰も気付かなかった。
(人質は……五人)
決して多いとは言えないが、一気に救おうとすると手間がかかる。しかし希望はあった。甲板で立っている兵士は、わずかに四人。後はのびている。小船も数を減らしており、無事だった船も救助に必死だ。晶は戻って船長に報告する。
「そうか……なら、勝ち目はあるな。押すぞ」
イゾラはそれを聞き、さらに言葉を続けた。
「うちの船員を置いてさっさと逃げ出せば、命だけは助けてやる。さあ、どうする」
胴間声が響く。すると、ようやく返事があった。
「分かった。ただし、そちらが捕らえている人間も解放しろ。それが条件だ」
「おう。良い心がけだ。海で仲間を見捨てると、後が怖いからな」
イゾラが立ち上がった。号令をかけ、縛った兵士たちを甲板へ運ぶ。船倉付近にいた面々も引き上げてきたため、敵も味方も人数が増えた。
「先にこちらへ運べ」
「……てめえらも今は海の男だ、約束は守れよ」
「わかっている」
イゾラの指示で、兵士たちが引き渡された。次は船員の番──なのだが、兵士たちはにやついたまま人質を奥へ押しやる。
「おい、どうした」
「馬鹿正直にありがとうよ。これで、こっちは何の負い目もなくなった。……さっさと変な髪の女をよこせ」
兵士たちはにやにや笑いながら、甲板を踏み鳴らす。そこらを歩いている犬の方が、よっぽど賢そうな顔つきをしていた。
「──ま、そんなところだろうと思ったわよ」
パーチェの声がした。彼女は甲板の縁に立っている。
「おい、こいつ……桃髪だぞ」
パーチェを見つけた兵士から、歓声があがった。これからもらえる金のことを考えているのか、口元が早くもゆるんでいる。
「その人たちを連れて行ってもお金にならないんでしょ? 解放して。じゃなきゃ、海に飛び込むわよ」
パーチェは兵士たちに向かって啖呵を切る。その時、少しだけ彼女がこちらを見つめたような気がした。
そして彼女は、ふらつきながらも進む。もう一、二歩進めば海の中だ。
「ほら、早く決めなさいよ。人間のクズ共」
パーチェは胸を張って兵士たちを煽った。
「てめえが来るのが先だっ!」
一番体格のいい兵士が、パーチェの体をつかもうとする。それこそが、こちらの思う壺だった。
「アキラっ!」