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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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断裂

 パーチェは店主に断って、自分ですすを顔になすりつけていく。その表情は怒りを通り越して、修行僧のようだ。


 あきらもメイドから男に戻り、共にすすをなすりつける。即、労働者風の容貌になった。


「髪にもつけたら? 目立つでしょ」


 晶はパーチェにそう勧めたが、彼女は首を横に振った。


「ダメなの。夢魔の髪には魔力が宿ってるから、染まらない。インヴェルノ卿の家で染料を試したけど、全部ダメだったわ」

「それなら仕方無いね」


 晶が嘆息する。パーチェは切られた髪をひと房取り、晶に渡した。


「お守りに。……パパには効かなかったけど、今度は私も大きくなってる。何か力になってくれるかも」


 晶は礼を言い、髪を受け取った。店主が満足そうにそれを眺めながら言う。


「いいか、一回しか言わないぞ。ここを出たらまっすぐ左に行け。市場が並んでいるから、人混みにまぎれてそこを右。そうしたら港があって、グランデ・リッティーザという名前の大きな帆船が待ってる」

「船の目印は?」

「柱が白いからすぐ分かる。出迎えた奴に『頼まれたコウモリを連れてきました』と言え。それで話が通じる」

「分かった」


 晶がうなずくと同時に、外が騒がしくなってきた。衛兵たちが血相を変えて、通りをうろうろしている。やはり、甘い期待は通用しなかった。


「行こう」


 しかし、ここまで来たら引き返せない。晶はパーチェの手を引き、通りへ出た。


「待って、何か言ってる」


 パーチェが街頭に立つ男に、目をとめた。


「さあさあ皆様! ここに貼ってある人相の女は、()()()()()の重罪人! 捕らえれば金貨銀貨がいただけるよ!!」


 晶は固まった。彼の横にある似顔絵は、どう見てもパーチェのものだ。


「ど、どういうこと?」


 困惑する晶。その足元に、一陣の風が吹いた。


「やあ、御両人」

「黒猫!」

「教えてあげよう。そちらのお嬢さんは、王に治療方法を教えたね?」

「ええ。本気にされなくて、追っ手までかけられたけど」

「……本当にそれだけで、あそこまでされたと思うかい」


 黒猫の言葉に、パーチェが息をのんだ。


「君が辞去してしばらくしてから、王太子が亡くなった。それが全部、君のせいだということになっている」


 晶は話の流れについていけず、ぶるっと身震いをした。


 オーロが死んだ?

 それがなぜ、パーチェの責任になる?


「あそこにいた学者の中に、王妃のお気に入りがいてね。君の話をよく理解せず王妃に伝えてしまった。彼女は、犬の臓物を与えれば治ると思い込んでその通りにしたんだよ」


 パーチェは大きく口を開けたまま、固まってしまった。当然だろう、彼女はそんなこと一言も言っていない。


「都合のいい部分だけ信じたんだね。よくある話さ」


 王妃は、悪い人ではない。──ただ、悲しいまでに医学的知識がなかった。


「でも、息子が死んだらパーチェのせいってのはひどすぎるよ」

「権力者が自分を正当化する。これもありふれているね。王は王妃の間違いに気付いているが、子を失った父を演じた方がいいと判断している。逆に乗っかった形だよ」


 黒猫があくびをした。


「もう起こってしまったことだ。後悔しても仕方無い」

「……わかってる」

「現在、別件で疲弊していてね。力は貸せないが忠告しておこう。王妃は怪しげな呪術師を集めたが、その中には多少魔術の素養がある連中が混じっている」

「え」

「最後まで油断するな。頑張って切り抜けたまえよ」


 彼はそう言い残すと、また消えた。晶はパーチェの手をしっかりつかむ。


「事情は分かった。……気をつけて行こう」


 市場までは、問題なく行けた。しかし人通りが多い場所に近づくにつれ、衛兵の数も増える。


「帽子をしっかりかぶって」


 この世界でも、ピンク髪の人間は珍しい。それを衛兵に見られたら、間違いなく特定される。晶は注意してから、周りとペースを合わせて歩いた。


(……僕も、安全じゃないんだけど)


 市場には、以前見た露天商もぽつぽついる。河岸を変えて営業する彼らが晶を覚えていたら、また注目を浴びてしまう可能性があった。


 寿命を削るようなじりじりした歩みがしばらく続く。それでもようやく市場の半分くらいまで来た時、ついに恐れていたことが起こった。


「そこの子供、止まれ」


 野太い声の衛兵に呼び止められる。パーチェが晶の手を握ってきた。


「……なんでしょう?」


 努めて穏やかに、晶は答えた。


「同じような年頃の子供を追っている。珍しい桃色の髪をしていてな」

「顔はどんなですか?」

「……妙な器具で顔を隠していたから、詳しくは分からん」


 眼鏡のおかげだ。髪さえ見られなければ、言い逃れは可能である。


「さあ、知りませんね。そんな変人、会ったら忘れませんけど」


 晶が言う。パーチェもそれに調子を合わせて、肩をすくめてみせた。


 その時、ちょうど荷物を大量に引いたロバが通りがかった。持ち主にとって大事なものらしく、男たちがロバの横を固めている。


 晶はそれをよける振りをして、荷台の陰に隠れた。帽子を取れと言われる前に、この場から立ち去るつもりだったのだ。


「おい、そこのガキ! この前はよくもやってくれたな!」


 しかしその前に、怒気をはらんだ声が晶めがけて降ってくる。反射的に、晶は一歩後ろへ飛んだ。


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