色も時には武器となる
「せ、狭い……」
小柄な彼女でも、箱に入るのはギリギリだった。
「ごめん、ちょっとの我慢だから」
パーチェに詫びながら、晶は衣装戸棚を開けた。……うん、服はたくさんあるけど、女物しかないぞ?
晶は仕方無く、覚悟を決めた。
「入っていいですかい」
「はい」
着替えを終えた時、外から声がかかった。
「荷物があると聞いてるんですがね」
「これです。よろしくお願いしますね」
入ってきた人足に、晶は頭を下げた。彼は特に気にした様子もなく、パーチェを乗せた箱を持って行った。
「……私はこんな有様ですから、港までの付き添いは彼女に頼みます。しっかり言うことを聞くように」
玄関で休んでいたラクリマは、女装した晶を見ても顔に出さなかった。ギャンブルの隠蔽で培った技術も、意外なところで役に立つものだ。
木箱について馬車に乗ると、港前の検閲所に着いた。ここで官のチェックを受け、異常なしと認められれば荷物は港へ向かうのだ。
「何だ、まだあったのか……」
閑職らしく、男が一人だけ立っていた。彼が荷物の管理官で、面倒くさそうに長い髭をいじっている。あまり仕事熱心なタイプではなさそうだ。
「申し訳ございません」
「さっさと持ってこい、私は忙しいんだ」
(ラッキー)
やる気がない上に急いでいる。これ以上ない好条件だ。晶はいそいそと、パーチェの入った箱を管理官に渡した。
「ん?」
「え」
さっきまでとろんとしていた官の目が、ぐっと細くなった。晶は思わず、低めの声を出してしまう。
「ほ、ほほほ……どうかなさいましたか?」
晶が聞くと、官は器用に片眉だけをあげてみせる。
「この箱、いつもよりやけに重いな」
(くそ、気付かれたっ)
晶は心の中で悪態をつく。今ここで箱を開けられたら、全ての努力が水の泡だ。
「あっ」
わざと悲鳴をあげた。わざとらしく黒い靴下を金具に引っかけて、足をさらす。官が面白いほど前のめりになった。
「あら、困ったわ……」
「おお、困った困った」
晶の足に官が食いついているうちに、木箱を横へ押しやる。入ってきた人足たちが、パーチェが入った木箱を馬車に積み出した。
「ああ、積まれてしまった……まあ、いいか」
自分のところから通り過ぎてしまうと、不審より面倒さが勝ったようだ。官はそれ以上追求せず、晶ににじり寄ってくる。
「お嬢さん、今夜一緒に」
「とうっ」
晶はなんの遠慮もなく、官の眉間を殴った。そして人足たちに気付かれる前に、大急ぎで馬車に乗って荷物を追いかける。
(さあ、あとは船に乗るだけ)
それを乗り切れば、パーチェは自由の身だ。港に兵士が追ってこないのを願うしかない。
(それにしても、あの管理官の目……僕って、そんなに色気があるのか……)
凪のところをやめて、メイドカフェで働いたら稼げるんじゃないだろうか。そんな余計なことを考えていたせいで、晶は背もたれに頭をぶつけた。
☆☆☆
馬車は順調に走っている。しかし晶には、小さなうめき声がずっと聞こえていた。
(パーチェ……かなり参ってるな)
無理もない。ただでさえ箱は通気性が悪いし、がたがたの道を走る馬車はひっきりなしに揺れる。晶だったら、吐いているだろう。
今は注意しないと気付かないくらいだが、大きくなれば人足にもばれてしまう。早く着いてくれ、と晶は願った。
そこからさらに通りを二つ越えたところで、ようやく馬車が止まる。外に出た晶は、手伝うふりをしてパーチェの箱の横に陣取った。
「あれ、あの人……」
晶は知った顔を見つけた。ラクリマと一緒に行った、賭場の主人である。
「おに……いや、そこのお姉ちゃん! うちの荷物も一緒に持っていってくれ」
主人が晶に気付いた。意味ありげな発言に興味を抱いた晶は、馬車をそちらに向けてもらう。主人は、倉庫の前で手を振っていた。
「積み込みは?」
「うちのがやる。見張りをしててくれ」
人足を体よく追い払い、パーチェの入った荷物を下ろす。倉庫の扉を閉めると、邪魔者はいなくなった。
「どうしたんですか」
「ラクリマの爺さんに頼まれてたんだ。本当は最初の関所から合流する予定だったんだが、手間取ってすまなかったな」
晶は、木箱の蓋を開ける。
「うええええええ」
弱り切ったパーチェが、箱の中から這い出てきた。晶は彼女に、手をさしのべた。
「大丈夫?」
「だいじょばない」
パーチェは床に倒れてぐったりしている。
「ちょっと落ち着いたら、これに着替えな。あと、かわいそうだがその髪は切ってもらうぜ」
店主はてきぱきと指示を出す。彼がパーチェに差し出したのは、薄汚れた上着とだぶだぶの帽子。しかもどう見ても男児用だ。パーチェが恨めしげな視線を向けた。
しかしその間にも、店主は彼女を起こしてばさばさと髪を切っていく。パーチェはあっという間に、不揃いなショートヘアになった。
「に、似合うよ」
「…………」
これ以上怖い顔はできなかろう、という形相でにらまれた。
「眼鏡もできないから、荷物に入れてね。僕が手を引くから」
「……はあ、災難」
パーチェにとってはさらに悪いことに、主人はさらに奥から黒いすすをてんこ盛りにしたボウルを持ってきた。
「顔と手に塗ってくれ。このなりで綺麗なのはまずいからな」
「……わかった。自分でできるわ」