表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
101/110

大脱出

「風邪で通院だったか? 長かったな」

「すみません、熱があったんで点滴してもらいました」

「……来て大丈夫なのか、それ」


 苦しい説明だったが、なんとか教室に体をねじこんだ。これ以上欠席するわけにはいかない。


(本当のことを言っても、絶対信じてもらえないし)


 クラスメイトはそんなあきらの苦悩をよそに、相変わらず文化祭でやるお化け屋敷の打ち合わせをしていた。


「一応、それっぽい音楽は用意しないとね」

「あんまり有名なのだと、怖くないから……」


 あきらの学校はスマホ禁止ではないので、皆が動画サイトで検索し始める。本当は授業中はダメなのだが、担任も黙認していた。


 晶もこれ幸いと、スマホを取り出す。検索しているふりをして、監視カメラにつないでみた。


「……っ」


 いきなり、衝撃的なものを見てしまった。インヴェルノ卿の屋敷に、兵士たちが詰めかけているところだったのだ。


 先日のように火矢を放っているわけではないが、兵士たちはかなり強気だ。玄関先で対応しているラクリマと、押し問答になっている。


 ラクリマはのらりくらりとはぐらかす。しかし、その態度に腹を立てた兵士に突き飛ばされた。彼は玄関の柱に頭を打ち付け、そのまま動かなくなる。


「うわ、結構えげつない撮り方してるね。なんて映画?」

「……せ、先生。気分が悪いので、やっぱり帰ります」


 晶は来たばかりの学校を、ゆっくりと出た。人の目がなくなったところで、全力疾走に切り替える。


「晶。場所の移動はいざ知らず、あの妙な機械はなんじゃ」

「ごめん、後でねっ」


 不機嫌になっているカタリナを押しのけ、晶は地図の中へ飛び込む。


 インヴェルノ卿の邸宅に降り立つ。魔方陣の位置が変わってしまうが、なぎならなんとかするだろう。晶は物陰から玄関の様子をうかがった。


「貴様ら。儂の門前でこんなことをして、無事で済むと思っているのか」


 倒れているラクリマの前に、怒りをあらわにしたインヴェルノ卿が立ちふさがっている。眉間に筋が入り、目がつり上がった様は鬼のようだ。


 しかし、不気味なことに兵士たちは全く意に介していない。晶は、嫌な予感がした。


「卿の名声は我々もよく存じております。しかし、此度は陛下の命。小娘一人といえど、隠せばただでは済みませんぞ」


 やはり、と晶は歯を食いしばる。パーチェへの刺客も、今回の襲撃も国王の仕業だ。


(今思えば、拒絶反応が少なすぎた)


 重臣たちのように拒否しなかったのは、寛容だったからではない。ハナから聞く気がなかったのだ。


 そして彼の中にグレーはない。酒を一切禁じたように、賭場の近所の人間まで殺そうとしたように、汚らわしいものはまとめて抹殺してしまう。今度は標的が変わっただけだ。


 凪はすでにこのことに気付いていて、行動を起こしているのだろう。──なら、自分がやるべきことは一つだ。


 兵士の注意は、インヴェルノ卿に向いている。晶は使用人ですという顔で移動して、ラクリマを物陰へ運んだ。


「……起きてますよね?」

「ええ」


 ラクリマはまぶたを持ち上げる。やはり、寝ていたのは演技だった。


「追い返せそうですか?」

「いえ、卿はあくまで臣下の立場です。難しいでしょう」


 間もなく家捜しが始まるだろう、とラクリマは告げる。


「パーチェはどこに?」

「急は告げてありますので、脱出の準備中かと」

「脱出?」

「あちらをご覧下さい」


 ラクリマは横手を指さした。使用人たちが、木箱をいくつも荷車に積んでいる。あれが噂の密輸品だろうか。だとしたら、堂々としたものだ。


「あれは、書物を運ぶ定期便です。きちんと許可も受けていますよ」


 晶の思いを見透かしたように、ラクリマが言った。


「紙も貴重ですし、中の情報はそれこそ世の宝なのですが……運搬人たちは、あまり興味がないようで。まあ、いつ見ても同じようなものではつまらないでしょうね」


 ラクリマに言われて、晶はぴんときた。


 いつも同じ中身。いつも同じ仕事。ということは……


「あんまり真剣に点検しませんよね」


 晶が言うと、ラクリマが白い歯を見せて笑った。どうやら、正解のようだ。


「箱は小さいですが、パーチェなら入るでしょう。でも、窒息しません?」

「ちゃんと空気穴をあけた物が、彼女の部屋に置いてありますよ。急がないと、持って行かれてしまうかもしれません」

「分かりました」

「……若者に忠告です。彼女が入っていることは、作業員たちは誰も知りません。情報漏洩を防ぐためです。港で検閲に引っかかっても、彼らは頼りに出来ないと思ってください。ゆめゆめ油断なさらぬこと。少なくとも……」


 ラクリマは晶を指さした。


「その変な服のままで、往来をうろうろしないように」


 晶はそこではじめて、自分が制服を着たままだったことに気付いた。




☆☆☆



「アキラ、外はどうなって……って、何。その変な服」


 パーチェも晶を見るなり、顔をしかめた。そんなに変かな、ブレザー。


「インヴェルノ卿が止めてくれてるけど、外の兵は引く気が無いよ。王の差し金だ」


 晶が言うと、パーチェは黙って口唇をかんだ。やっと認められたと思っていただけに、悔しさもひとしおだろう。


「念のために聞いとくけど、蝶の姿になるのは無理なの?」


 パーチェはすぐにうなずいた。


「昼は夢魔の力が弱くなるから、無理なの。目が見えないのもそのせいよ」


 自力で逃げられる可能性はなくなった。晶は室内に目を走らせる。ラクリマの言った通り、部屋の隅にがっしりした木箱が置いてあった。


「こっちへ」


 蓋を開け、シーツをその中に敷く。パーチェが箱の中に入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ