日常との両立
晶が言うと、パーチェの頬にさっと赤みがさした。
「なれると思う?」
「うん」
「その性格を直せばな」
「ナギは黙ってて」
馬は街道を進む。その道中、パーチェがずっと楽しそうだったのが救いだった。
(あいつ……だろうな、犯人)
それでも晶の中では、ずっと怒りの炎がくすぶり続けている。
☆☆☆
幸い、道中で刺客に合うことはなかった。一行が村にさしかかると、門のところで待っていたラクリマが手をあげる。彼の回りには、明らかに手練れと分かる男たちがたむろしていた。
「大変な目に遭われましたな」
「……むしろ、これからが本番かもしれんが」
ラクリマと凪の視線が、空中でぶつかった。
「旦那様も同じようなことをおっしゃっておられました。これはまだ、内密に願いたいのですが」
ラクリマは声をひそめる。
「彼女を国外に出した方がいいのでは、という話に」
「行き先は?」
「ナギ様がおっしゃっておられたオットー様と、すでに話がついております」
「なら、そうしてくれ。俺も動くが、八方うまく納める自信はない」
「ご武運を」
凪は不穏なことを言いながら、パーチェをラクリマに託す。ここまでついてきた親子蜥蜴も、ついでに引き受けてもらった。
二人きりになってから、早馬を飛ばして来た道を戻った。焼け落ちた木々が見えてきて、火勢の激しさを物語る。時々転がっている黒焦げの死体は、努めて見ないようにした。
魔方陣は、幸い無事だった。変わらず、黄金の輝きを保っている。
「あ、黒猫」
そして陣の側で、賢人が香箱座りをしていた。晶たちが近づくと、彼は大あくびをする。
「てめえ、いい度胸だな」
「ストップ」
殴りかかろうとする凪を、晶は止める。
「助けにも来ず、どこで何してやがった」
「君たちのことは見てたけどねえ。風で火は消せないから」
「で、罪滅ぼしにお迎えってか?」
「それもあるね──でも、本題は別」
黒猫は重々しく言葉を切る。彼の目が、きらっと光った。
「ここまでことを大きくして、ちゃんと自分で幕引きができるのかい」
「問題ない」
「うまくいけばの話だろう」
「いかせるさ」
凪と黒猫は、禅問答のような問いかけをする。二人はしばらく、そのままの姿勢でにらみあった。
「……なら、君に任せるか」
先に折れたのは、黒猫だった。
「おう。猫は猫らしく、とっととそこからどけ。晶が帰れないだろ」
「凪は一緒に来ないの?」
晶が聞くと、凪は固い表情のままうなずいた。
「晶。近いうちに戻る。それまでの間、できるだけパーチェの様子に気をつけてくれ」
「分かった。そっちも気をつけて」
凪が魔方陣から離れ、手近な石に腰掛ける。その姿は、誰かを待っているようだった。
「万が一俺に何かあったら、美形で慎み深く高潔、しかし金儲けはうまい男だったと触れ回るんだぞ」
「分かった。美形で欲深くゲスい、借金だらけの店主のことは忘れないよ」
「あっ、てめえ」
凪に捕まえられる前に、晶はその場を逃げ出した。
店に戻るとすぐ、晶はスマホに飛びつく。案の定、連絡に使っているアプリにメッセージが溢れていた。
「うわ」
晶はその作業に追われ、凪の謎の問答について考えるのを忘れてしまった。
☆☆☆
一晩寝て頭がすっきりすると、晶は考えた。できることならずっとパーチェの様子を見ていたいが、地図は大きすぎて学校に持って行けない。一度折りたためないかと挑戦したら、黒猫が見たこともない顔になったので諦めた。
(となると……あ、そうだ)
晶は学校に遅刻の連絡を入れてから、自転車に飛び乗った。
「あら、坊や。いらっしゃい」
福の神のような顔で萩井が出迎えてくれる。アポもとっていないのに、寛大な対処を受けて晶は感激した。
「で、凪は? くたばったの?」
外見と言うことのギャップがひどい。凪と馬が合うだけのことはある。
「生きてますよ、まだ」
「そのちょっと含みを持たせた言い方……期待できるわね」
「…………」
「で、今日は何の用? 制服のまま来るなんて、よっぽど急ぎなのかしら」
萩井が腰に手を当てた瞬間、背後でフラッシュがきらめいた。晶はすかさず、そちらに向かう。
「すみません、買い物に付き合ってほしいんですが」
びちびちと逃げる池亀を、晶は両手でしっかり捕まえる。
「ええー、買い物なんてネットでしかしないし」
「カメラが欲しいんです」
晶が言うやいなや、池亀の目つきが変わった。
「それは素晴らしい。さあすぐ行こうやれ行こうもっと行こう」
「あの、萩井さんの許可は……」
池亀は晶の腕をひっつかみ、出口へ引きずっていく。萩井が苦笑いしているのが、ちらっと見えた。
電気街に着いても、池亀ははしゃいでいた。彼をなんとかなだめすかし、固定できる小型のカメラを選んでもらう。もちろん、スマホ連動のものだ。後で凪にいくらか補填してもらおう。
そして彼はまだ店にいたいと言うので現地で別れ、晶は初穂の家へ向かう。地図の上にカメラをセットしていく晶を、初穂は怪訝な顔で見ていた。
下準備が終わると、晶は一直線に学校まで自転車を飛ばした。
「火神」
「元気そうじゃん」
中途半端な時間に登場した晶を見て、ざわめきが起こった。