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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
全てのはじまり
1/110

優しくない異世界

 森は、人間たちに「来るな」と告げていた。前が見えないほど中は暗く、生えている木々はなぜか大きくくねり合い、柵を作るかのようにからみあっている。ごうっと風が通り抜けるたびに、森の地面が呼吸しているかのように大きく波うった。


 そんな森の前に小柄な少年、火神晶ひかみ あきらが立っていた。あまりの不気味さに晶が固まっていると、横から案内人の声が聞こえる。


「着いたぞ。ここが通称、呪いの森じゃ。打ち捨てられた死者は、未だに仲間を捜してさまよっているらしいの。ひひひ」


 晶をさんざん脅しつけながら、案内人の小柄な老人は森から一歩一歩後ずさっている。まだ礼金を払っていないから踏みとどまっているものの、早くここから立ち去りたいという願望が見え見えだった。


 晶はごくりと唾を飲んだ。今からこの森に、たった一人で挑むのだ。わかっていたつもりではあったが、いざとなるとやはり足がすくむ。ここに来るまでに流れた汗が冷えて、寒くなってきた。


「……なんかこう……もうちょっと穏やかな呼び方はありませんか……精神的に落ち着きたいので……」


  晶は案内人に聞いた。


「では正式な名を教えてしんぜよう。ネールフト・アルブル・フォレ。死者が叫ぶ森じゃ」

「安心させる気ゼロですね」


 晶が言うと、案内人はぺっと唾を吐いた。


「やかましいわ!! とっとと礼金をよこさんか!! わしだってなあ、こんな死体だらけの森になんか近づきたくもなかったわい!!」

「あっ言っちゃった。言っちゃったそれ」

「いいからよこせー!!」

「そんな言い方はないだろー!!」


 少年と老人が言い争いを始めたとき、高みから涼やかな少女の声がした。


「おんしら、暢気じゃのう」


 軽やかな、だが大いに侮蔑を含んだ少女の声で、晶ははっと我に返った。上を見上げると、いかにも退屈したと言いたげに目を細めた、銀髪の少女がいた。彼女は大きな杖を片手に、じろりと晶を見下す。


「時間がない時間がない、言うておったのはどこのどいつじゃったかな」

「……わかったよ。ほら、礼金……」


 自分も大人げなかった、と反省した晶が腰のずだ袋に手を入れた瞬間、風を切って何かが飛んできた。飛来物は、軽やかな音をたてて幹に突き刺さる。矢だった。


 晶が視線を下げる。目の前には、銀色に光る鎧に身を包んだ兵士たちがぞろぞろ集まって来ていた。晶はとっさに、森の木々の陰に身を隠す。たっぷり水を含んだ苔が手についたが、そんなことにはかまっていられない。矢が次から次へと降ってきているのだ。


「じいちゃん、逃げて」


 案内役の老人の身を案じて、晶は叫んだ。耳をすませると、風や矢音にまじってかすかに老人の声が聞こえてくる。


「わしはあいつに脅されたんですー!! 何も知りません、悪いのはあいつですうー!!」

「乗り換え早いねじじい!!」


 晶はあきれつつ、完全に降伏した老人のことを頭から追い出した。あれくらいしたたかなら放っておいても大丈夫だろう。まずは自分が生き残ることだ。まだ、やらなければならないことが残っている。晶はちらりと上を見て、銀髪の少女を呼んだ。


「カタリナ、魔法であいつら蹴散らして……」

「できぬ」

「じゃあ僕に防御魔法を……」

「それもダメじゃ」

「目くらまし……」

「甘えるのもたいがいにせいよ」


 最後には舌打ちをしながら、カタリナは晶の提案をことごとく却下した。その間にも、兵隊たちがぞろぞろと弓から剣に武器を持ち替えて迫ってくる。こちらには遠距離攻撃の手がない、と悟られたようだ。


 ならば、晶にできることは一つしかない。覚悟を決めて、晶は地面を蹴った。息を大きく吸い込み、肺をふくらませる。心臓と足は熱くなったが、頭はあくまで冷えていた。敵をまけ、なおかつ林道からそれない場所を探さなければならない。


「おお、逃げる逃げる。立ち回りはせぬか」


 その様子を楽しげに見つめる、何もしてくれないカタリナ。彼女に向かって、晶は悪態をついた。


なぎじゃないんだから、あんな人数相手にできるわけないよ!」

「分がわかっておって結構じゃ。せいぜい惑え。幸運ならば、生き残れようぞ」

「ああ、わかってるよっ!!」


 晶はそう言い返して、ひたすら足を動かし、森の奥へ進む。裏切りによって殺された領主とその家族、忠臣たちの死体が打ち捨てられた呪いの森の奥へ。



 火神晶、十五歳。

 自分の住む世界から、地図の中へ招かれたもの。


 やがてこの世界の秩序を荒らし回り、踏みにじり、無に帰すこととなる「終末の英雄」も、このときはまだその運命を知るよしもなかった……。



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