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微妙な短編シリーズ

ウォーキング座禅

作者: 矮鶏ぽろ


 人は何故歩く?


 歩くのに理由なんかいらない――。いや、嘘だ。たくさんあり過ぎる――。

 健康診断にこれ以上引っ掛からないようにするためには、運動習慣を余儀なくされるのだ。マウスよりも重たい物を持たないような仕事を続けていれば、当然のように新陳代謝は衰え続ける。

 ……美味しい肉料理を食べてお酒を飲み続けたいのなら、それなりのカロリー消費が必要となるのだ。


 カロリー摂取するために、カロリー消費する逆説が成立するのだ――。



 運動不足の私は、会社が休みの日にウォーキングへと出掛ける。フィットネスジムに通ったり高価なトレーニングマシーンを買ったりする訳ではないので財布に優しい。

 服装だってジーンズにパーカー。寒い日は子供のヤッケ(シャカシャカ)を拝借し、靴だってウォーキング用のそれではない。

 手軽というか、足軽に始められるのがウォーキングの魅力だ。


 歩く場所はどこだっていい。

 自然の中を歩くのは気持ちがいい。川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞きながら歩いたりするのが気持ちいい。

 白いサギがジーっと川の中で魚を狙っているのを見つけると、ついつい立ち止まって、その光景をジーっと眺めてしまう。獲れるのか? 獲れないのか? ああ、やっぱり獲れないのか――。場所を移動した方がいいんじゃないか?

 ふと、立ち止まって数分が経っていたのに気付き、また歩き始める。


 田舎の農道や古い街並を眺めて歩くのも楽しい。小さな用水路に沿って歩いていると、名前も知らない小鳥が見えないくらいの早さで足をちょこちょこ動かして移動する。

 そんな小さな小鳥とは対照的に、何事にも動じない大きな灰色のサギが水田の中に長い脚で立ち尽くしているのを見つけると、また私の足も止まってしまう。


 灰色の大きな翼を広げてサギが飛び立つとき、かなりの確率で大きな鳴き声を上げる。


 ギエー。


 静かな田舎の風景にその声が響き渡る。そして、かなりの確率で灰色のサギは汁のようなフンを飛び立ってすぐに放つ。


 ビチャビチャ――。


 ……あんなフンを頭上から見舞われれば、今日のウォーキングは中断せざるをえないだろう。危ない危ない。



 田舎だけではなく、街の中を歩くのも楽しい。

 たくさんの信号に引っ掛かるため自分のペースで歩くのは難しいが、立ち並んだビルや様々なお店を眺めながらウィンドショッピングができる。当然だが……店に立ち寄ったりはせず、眺めるだけにとどめる。お店に入りたければ別の日、次の機会にと自分に言い聞かせるのだ。

 今日の私はウォーキングをしているのだから。



 お昼近くになってくると、様々な飲食店のよい香りが嗅覚を楽しませてくれる。フラっと立ち寄りたい欲望に何度も駆られてしまう。――だが、今日のウォーキング目標を達成して家に帰るためには、洒落たお店で小粋にランチを食べるわけにはいかない。

 コンビニでおにぎり二つとサンドイッチ、ペットボトルの水を買い、歩きながらそれを食す。最近のコンビニのおにぎりは海苔に味が付いているのはいいが、触るとベトついてしまうのが難点だ。指先をペロペロ舐めてハンカチーフで拭く。

 ……おや、以前に比べておにぎりが……少し小さくなっている気がする。それとも、私の手が少し大きくなったのだろうか……。


 おにぎりを食べ歩きするのは少し恥ずかしい。多くの外国人観光客や、昼食のためにビルから出てくる大勢のサラリーマンに見られてしまう。



 お昼を過ぎた頃から、……少しずつ体のあちこちが疲労を訴える。

 運動が目的なのでそれでいいのだが、身体が痛みを感じるのと同じように、頭の中では色々な痛いことを思い出し、考えてしまう。


 ――最近の面白くなかったことや、笑えないニュースのこと。

 ――仕事のことや、……趣味で書いている小説がぜんぜん読まれないこと……。

 ――宇宙の大きさに比べて自分の小ささに対する嫉妬など……、普段は考えないことまで考えてしまう。

……頭の中は暇だから。


 私にとって、ウォーキングは座禅に似ている。

 たくさん歩いてたくさんの煩悩を頭の中から追い出そうとしているのかもしれない。考えているだけではなにもそこから前に進めないとことがある。だが、歩くことによって、着実に一歩前に進むのだ。いや、進んでるのだ。……かなりの歩数。


 三十キロを超えたあたりから、体のあちこちが警報にも似た悲鳴を発しだす。普段から運動不足なのだから、当然と言えば当然の結果だ。太ももの裏の筋肉や、膝や足首の関節が、「――痛いからもう止めようよ!」「こんなのウォーキングじゃないよ! 続かないよ~!」と訴え始める。

 足の裏には豆ができ、歩くたびに痛む。太ももの付け根からもぎこちなさを感じる。


 果たして……家まで歩いて帰ることはできるのだろうか……。

 額から冷や汗が流れ落ちる……。日がどんどん西に沈み、辺りが暗くなってくると、車のライトが痛いぐらい眩しく、ビュンビュン走るそれはまるで、風の谷のオームのように怖ろしい――。轢かれたら死ぬ。


 こんな辛い思いをしてまで歩いて……いったい何の得があるのか――! しかし、その時にようやく気付くことができる。今まで頭の中で考えていた悩みや心配ごとなどの煩悩は、いざ肉体的な辛さの前で色褪せているということに――。

 世間には危険なことにあえて身を投じる人がいる。危険な雪山を登ろうとする登山家や、歩くのさえ大変な距離を数時間で走りきるマラソンランナー。一瞬の瞬きも許されない驚異のスピードで走るカーレーサーや、一生を棒に振るかもしれない賭けに出るユーチューバー。

 足を引きずるように四十キロくらい歩くと、そんな危険なことに挑戦する人達の気持ちが……少し理解できる。


 他には何も考えず、目的の為に必死になっている――。



 ……ようやく……家に辿り着いた……。

 玄関には明かりが灯され、朝早くに出発したのに、空には星と月が美しく輝いている。

 一日中歩いて……身も心もクタクタだ……。扉を開けると、足を引きずりながら家へと入った。

「ただいま――」

「おかえりなさい」

 家族が……私を温かく迎えてくれる――。この達成感が……今はただ嬉しい――。


「ああ~、今日も足が痛いくらい歩いたよ」

「――しらんがな」


 ……。

 フフフ。


 そうさ……。誰も褒められるために歩いているわけじゃないのさ……。家に上がると、浴室へと向かい、汗だくの服を洗濯籠へと次々放り込む。足が痛くて靴下を脱ぐのにも一苦労する。無駄に大量の洗濯物を生み出してしまい、妻には申し訳ないと思う。


 たくさん歩いて気が付いたこと。それは、私は決して一人で歩いているわけじゃないということだった。

家族がいる。

 給料をくれる会社があり、仕事仲間がいる。

 食べ物を売ってくれるお店があり、自動販売機には、飲み物を切らすことなく仕入れてくれている人がいる。

 服も誰かが作ってくれている。そのおかげで、真っ裸で歩かなくて済むのだ。


 大勢の人のおかげで、「一人で歩いている」と思っていられることに気が付くと、ただただ今日も歩くことができたことに感謝の気持ちが溢れ……足の痛みと共に、ジーンと心も温まってくる。



 さあ、風呂から上がってカロリー75%OFFの美味しいビールを飲むとするか――

 

読んでいただきありがとうございました!

ウォーキングを無理のない範囲で日々の生活に取り入れ、身も心もリフレッシュしましょう!


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