ピンクからの赤鬼戦
私は今、素敵な殿方に抱き抱えられて頭を撫でられているわ……
恥ずかしい……
きっと高貴な私のナイスバディにメロメロになってるのかしら……
ハレンチうさぎ達との戦闘も一段落いたしましたけど、なんで私はうさぎになっているのかしら? 喋れなくて不便ですわ。
突然起こった学園異世界転移……
本当に助かりましたわ……
あの学園の生徒達が周りにいなくて良かったですわ……
うさぎに転生は予想だにできませんこと……
あの世界は私にとって地獄。
世界のすべてが私の敵。
何をしても全ての悪意が私へ向かう……
いつの間にか私は皆様の敵役に……
ついた通り名は極悪非道の令嬢。
ただ普通に暮らしていただけでしたのに……
学園で、私の追放裁判をしている時にそれが起こりましたわ。
光に包まれて……
ピンク色のうさぎになって……
今、殿方に抱かれていますわ!!!
もう少しどこかでゆっくり整理したいですわね……
目の前で頭が悪そうな脳筋女が吠えていて、うるさいですこと!!
ちょっと邪魔しないで頂けます!
羨ましいのかしら? ふふっ、ざまぁですわ。
あら?…………残念ながらゆっくり考えている時間がなくなってしまったわ。
赤い何かが私達の方へ向かってきましたわ。
私は殿方に抱かれながら臨戦態勢に……
あれはレッドオーガ!
討伐ランクAの化け物ですわよ!
わたくしたちの学園トップチームがようやく討伐できる魔物!
なぜかしら? 恐ろしい魔物の前なのに胸の奥が熱く……私の細胞があいつを切り刻みたがっていますわ……
素敵な殿方行きますわよ!
「きゅ! きゅきゅい!!」
目の前にいる赤い鬼が神楽坂の頭を握り潰した。
でかい……3メートル近くある。
赤色の鋼の様な筋肉を纏った裸体に虎がらのパンツに醜悪な顔、太く長い鉄棒を持っている。
俺たちは先手をうった。こいつは明らかに他のモンスターと違う。
俺は抱き抱えたアリスを上に放り投げた!
「きゅーい!」
俺の力を利用してアリスは大ジャンプした。
俺は刀は納刀していた。
――好都合だ。
鞘で刀を滑らし神速の居合い切りを放った。
狙いは目。
鬼は刀が当たる寸前、頭を下げ角で受け止めた!?
刀を通して力の強さを感じる。
――硬い!
角は切れない……そしてあの速度で対応するのか……
俺は気を取り直して、返す刀で3連切りをした。
赤鬼の身体にもろに命中して、血が刀を濡らす。
――何とか攻撃は通るか……
浅い切り傷を無視すして赤鬼は俺に鉄棒を振り上げてきた!
赤鬼周辺の空気が濃密になる。
振り上げた鉄棒を両手で持って、そのまま槍を構えるような態勢になり鉄棒を手の中で滑らせる。
電光石火の突きを放った!
――技だと!?
力任せの一撃ではなく、的確に眉間の急所をとらえる恐ろしい一撃。
――くそ!? 回避が間に合わない!
とっさに、刀の腹で鉄棒を受けた。
衝突の衝撃で黒い刀が粉砕され、後ろへ自分から吹き飛んで衝撃を殺した。
「きゅきゅ!!」
赤鬼の攻撃後の硬直を狙ってアリスは風の刃を飛ばした。
黄色うさぎを惨殺した先ほどよりは小規模、だか確実に逃げられないタイミングの風の刃が赤鬼に襲いかかる!
赤鬼はまるで達人の武芸者の様に鉄棒を高速回転させながら風の刃をいなしつつ、後方へ回避行動を取った。
無傷とはいかないが、うさぎの渾身の攻撃は不発に終わった。
赤鬼と距離が少し離れた。うさぎが俺の横に着地する。
――棒術の達人級、人間とは大違いなパワー、耐久性……まさにボスモンスターだ。
小細工は通じない相手だ。避けて切りつけるしか無い。 レベルが上がった俺の耐久力を信じて泥仕合をするか……
「アリス! 援護を頼む」
「きゅい!」
タブレットで会話をしている暇もない。短い時間の付き合いだけど雰囲気でわかる。
俺は背中に指してあった、もう1本の剣を取る。
バスタードソードだ。大きめの西洋剣。
ロクな剣が拾えなかった学校内で唯一まともな剣だった。
扱いは難しいが片手でも両手でも扱えて高威力の武器だ。
武器を拾えたのはこの2本までだ。
これで打ち止めだ。
――さあ再開だ!
赤鬼は遠距離攻撃を使えるアリスに高速接近をしてきたが、俺が立ちふさがる。
俺と赤鬼の壮絶な打ち合いが始まった。
赤鬼の鉄棒攻撃を掠る程度でどうにか躱し、バスタードソードで反撃をする。
時折良いタイミングで来る風の刃が、良い感じで攻撃と守備の援護になる。
赤鬼の速く重く力強い攻撃で、俺の身体が徐々にボロボロになっていく。
赤鬼の身体も徐々に傷が増えて、ダメージをかなり与えているだろう……
――くそ、全身が痛い、肉がえぐり取られていく、血を出しすぎて頭が霞む……そろそろ限界になる。
いい加減決着付けてやる。
「アリス!! 赤鬼の足を止めろ!!」
アリスは赤鬼の下半身を風の刃で集中的に狙い始めた。
赤鬼はうさぎに意識を向かい始める。
俺は精神を集中させる……
心を穏やかにして、敵意も殺気も無くす。
攻撃をする意思を無くす。
最大の攻撃は相手の虚を突くことだ。
攻撃を認識してない時に攻撃をする。
認識していない攻撃は身体が備えていないからダメージが大きい。
ようは高度な不意打ちだ。
――俺が師匠から唯一褒められた技。
俺は大気と同化した。
誰も俺を認識出来ない。
赤鬼はアリスに夢中だ。
俺は赤鬼の背後に着いた。
まるで友達の背中を軽く押すように、音も無く、バスタードソードを押し込んだ。
「!?」
バスタードソードが赤鬼の胸から突き出る。
赤鬼はキョトンとしていた。
攻撃されている認識が遅れてやってきた。
「グガガガーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
アリスが間髪入れずに高速接近をして、鋭い爪で喉を切り裂く。
赤鬼の喉から大量の血が吹き出た。
赤鬼はその場で倒れ込んだ。
その場ぐったりと地面に座り込む俺たち。
「死ぬかと思った……」
「きゅ……」
こいつは強かった。本気でやばかった。
ボスだからこれ以上強い奴は出てこないだろう……
早くグラウンドへ行って、塔へ退避しよう。
アリスの耳がピクピク動いている。
『……ハルキ様、背中を貸してもらえるかしら? ちょっと疲れましたわ……」
「ああ、構わないぞ……確かに疲れた、死ぬかと思ったな。でも難易度ナイトメアだろ? まだ何かありそうで怖いな……」
アリスが俺の背中で休んでいると、タブレットから警告音が発生した。
「ボスモンスターの討伐確認いたしました。……初回ボスモンスター討伐報酬を差し上げます」
――いいから少しだけ休ませてくれよ……
「真のボス戦開始です。先程戦ったボスモンスターが10匹登場いたします」
俺とアリスは顔を見合わせた。
「えええええええええええ!!!」
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅ!!!」
レベルアップしたから回復はしたけど、あれが10匹はありえないだろ!? 絶対殺しにかかってるだろ!!
中庭の空から赤鬼が降ってきた!!
本当に10匹だ!
俺はアリスの持ち上げてグランウドまで逃げようとした。
「くそ! 逃げるぞ!」
「きゅきゅ!」
死ぬ気の逃走劇のかいがあって、赤鬼を分断できた。
とういうか、あいつら狩りを楽しむかのように談笑してやがる。
さらさら全員で追いかけるつもりはないらしい……くそ!
追いかけてきた3匹の赤鬼が俺たちに迫る。
「仕方ない、迎え撃つぞ! アリス!」
「きゅーい!」
俺と赤鬼の再戦が始まった。
鉄棒と剣と風の乱舞を繰り広げる。
流石に3匹同時相手は無理があった。
俺は面白い様に攻撃を受けて、フラフラになる……
戦おうという意思を身体が受け取とれない。動いてくれない。
赤鬼の鉄棒が下からカチあげられ腹で受ける。ジャンプする赤鬼。
上にふっとばされた俺を追い打ちかけるように、赤鬼は鉄棒を振り下ろした。
――死んでたまるか!
左手を犠牲にして、赤鬼の鉄棒をどうにか防ぐ。
嫌な音が聞こえた。そのまま地面へ叩きつけられた。
「……ぐぅ」
俺は立ち上がることができなかった。
赤鬼は勝利の雄叫びを上げた。
後方で援護射撃をしていたアリスは俺に近づこうとする。
「きゅきゅ!?」
俺はアリスを手で制した。
あいつは耐久性がないから一撃で致命傷だ。
――逃げろ。俺の事は放っておけ……
悔しそうな顔でうさぎは射撃を繰り返す。
身体は立ち上がれないほどのダメージを負ったが、心はまだ折れていない。
――動けない…………死にたくない……俺は強くなって生き残ってやる……
今だろ……本気を出す時って……
異世界に転移した。
もう悩まないって決めた。
心がクリアになった。
仲間ができそうだ。
その仲間が現在進行形で殺されようとしている。
アリスが吹き飛ばされたのが見える。
――おい、逃げろっていっただろ!? なんで俺をかばうように立ち向かってんだよ……アリス……
唯一、俺とパーティーを組んだアリス。
出会って1時間にも満たないがお互い背中を預け合う戦友。
何故か似てる部分を感じる。うさぎなのに。
お前もボッチなんだよな。
パーティー申請がボッチ同士って書いてあったしな。
本当に仲間だ。
俺は笑った。
「ははっ、任せろ……」
お前は俺が殺させない。
死んでも生き返るからって命を安売りするな。
死は一回しか無いと思え。
敵を許すな。拒絶しろ!!
俺は叫んだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
俺の近くにいた赤鬼が耳を塞いでいる。
アリスに止めを刺そうとした赤鬼は僅かにひるんだ。
俺は身体をゆっくりと起こした。
俺はレベルアップしても身体能力しか得られない。
レベルアップには何かもっと特殊な事があるはずだ。
アリスはレベルアップをして強力な魔術みたいなやつを使い始めた。
……じゃあ俺にも何かあるはずだ、特殊なものを覚えている可能性も。
タブレットは持って無い。
ボーナスポイントが0であった。
俺は無職だ、でも「人間ヤメますか?」ってあっただろう!
タブレットをぶっ壊しただろ!
なにかあるかも知れない? 忘れるな。
身体が思い出せ! 思い起こせ! 何かを手に入れろ!
目を閉じる。
身体の奥を覗き込むように、何かを探る……
すると突然頭のなかで音が鳴り響いた。
「―――――――――――ハルキ」
「――――――――進化して――――――――あなたなら……ダイジョブ……」
進化……それは一瞬で終わった。
胸の奥が熱くなる。懐かしさで何かがこみ上げてくる。
――誰の声だったんだ? ……でも今はそれどころじゃない、これなら……いける!
俺はしっかり立ち上がって、赤鬼共を睨みつけた。
「――俺の本気をみせてやるよ」