攻城戦 神楽坂
街にいる全ての生徒たちのタブレットから警告音が聞こえる。
まるでモンスターパニックの時と同じ状況だ。
完全に不意打ちだった。
塔の攻略は始めていた。
順調にレベルアップをして、上層へスムーズに進んでいた。
レベルアップは確かにした。だが俺の場合、赤鬼戦の時の進化を超える成長はなかった。未だ俺の職業の欄は空欄である。
ゆえに無職である。
他の生徒たちもゆっくりとだが順調に進めていた。
非戦闘員も街に溶け込んで積極的に働いていた。
ここにいた3週間は平和だった。
塔のモンスターの危険もあったが、NPCの協力もあり死亡者もなく、街全体に緩んだ空気があった。
そう、NPCのおかげである。
メイドは俺とアリスに言っていた。
一ヶ月で強くなれ、と。
まだ2週間しか経っていない……。
メイドの様子は10層のボス部屋に入ってから変わった。
もしかしたらメイドの想定外の何かが起こったのだろうか。
10層のボスはどこに行った?
タブレットが冷酷な機械音で告げる。
「本来30層までは特殊イベントは無い予定です。ですが今回、10層ボス主様からの強い希望でイベント戦という事になりました」
「攻城戦の説明をいたします」
「敵の大将を討ち取った方が勝利です」
「転移者たちは1層にある全ての施設を利用してください」
「転移者たちの大将は汐高生「恵比寿達也」と共にいるNPCです」
「モンスター側の拠点は10層となります。大将は10層ボスモンスター様となります」
「大将が死亡した場合、敗北となります。LP関係無く全員死亡となります」
「それでは現時刻から36時間後、攻城戦がスタートいたします」
街全体で鳴っていた警告音が消える。
街がシンとなる。
街に緊張感を帯びてきた。
俺とアリスは顔を見合わせた。
今までの日常は悪くなかった。いや、最高に楽しい日々だっただろう。
塔の攻略が順調に進んでいて、街で普通に話す知り合いができて、面白可笑しく生活をしていた。
ボッチだった現実の俺からは想像も出来ない日常だった。
だが、今俺たちのハラの底から湧き上がる感情をなんと言おうか。
最高だ。興奮している。身体が熱を帯びてくる。背中がゾクゾクしてくる。
アリスの目も赤くなっている。毛が逆だっている。プシュー、プシューと荒い吐息を吐いている。
「……アリスいくぞ」
アリスはいつもよりも低い声で鳴いた。
「……きゅ」
モンスターパニックの時より生徒たちの動揺は多少少ない。
あの頃より強くなって自信が持てたのだろう。
だが、精神的な基盤であるNPCがいなくなったのはキツイ。
メイド……
アイツらは何者だったんだ。
俺に取ってメイドは第二の師匠だった。
強くてカッコよくて、可愛くて……憧れであった。
モーニングを一緒に食べていると、家族といるように落ち着く。
――あ、これが家族に対する愛情だったのか? 俺は孤児だったからわからなかったけど、こんな感じなんだろうな……
アリスのタブレット震える。
カトリーヌのトップ花京院からメッセージが来た。
『我らは協力する必要ある。広場のカフェで待つ。ランキング上位を召集している。来て』
メッセージは普通じゃねえか……なんで話すとおかしい言動をするんだよ……
俺たちはカフェに向かった。。
向かっている最中、クラスメイトの様子を伺っていた。
NPCがいなくなって意気消沈している男子生徒や、攻城戦を失敗したら死亡という絶望感に苛まされている女子生徒……。
街全体が悲壮感に満ちていた。
大将を殺したら勝ち。
ルールはシンプルだ。
だが、情報が少ない。どんなモンスターがどのくらい攻めてくる?
俺たちはモンスターの群れを前に攻め込む必要がある。どんだけ守りを固めているんだ?
ボスモンスターは何だ?
頭の中で問題点を整理していたらいつの間にカフェに着いていた。
店内に入る。
ランキング上位連中が俺を待っていた。
俺たちは机をつなげ長方形の大テーブルを作った。
パーティーのリーダーのみが発言をする。そうしないとごちゃごちゃになってしまう。
花京院がタブレットを操作して、カメラを設置していた。
「ん、これで、生徒全員が、タブレットで、この会議を観れる」
――有能だな……これで残念な言動がなければ……
集まった俺達は席に着いた。
モフモフパーティー、リーダー藤崎。
王学勇者パーティー、リーダー勇者レオンハート。
機械乙女パーティー、 リーダー花京院。
ハルキ親衛隊パーティー……ってなんだよ!? その名前! リーダー神楽坂? 本当かよ!? リーダー出来るのか心配だ……
あと、恵比寿も少女NPCの件があるからここに来てもらっているようだ。
隅っこで少女に髪を引っ張られたり、頬を引っ張られている……。
イケメン台無しだ。
恵比寿は俺を見ると、皮肉げに鼻でフンっ、と笑っただけだった。
意外と元気だな。良かった。
雰囲気は暗くなったが、顔色はいい。クラスメイトに対しての仮面を脱ぎ去って本性を出してきたようだ。
神楽坂が号令をかけた?
――え、お前なの?
「さっさと始めよう。――この巫山戯た攻城戦ってやつを乗り越えるためにな」
懐かしいドスの聞いた声で喋り出した。
鋭い目つきで筋肉を隆起させ、闘気が漂わせている。久しぶりにいつもの神楽坂を見た。
「まず私たちの現状確認だ」
俺、勇者、花京院は座りながら頷く。
「攻城戦が明後日の朝に始まる。時刻はちょうど8時だ。どんな風に始まるかわからん。だがどうせタブレットで告知が来るだろう」
神楽坂は厨房の裏にあったホワイトボードを持って来て、前に立っている。
書紀はカフェの汐高生だ。
「攻城戦。この中で戦争を経験、もしくは大隊を率いたりした事が在るものはいるか?」
勇者は首を振った。
「うちの王学は小隊規模しか経験が無いな。戦術、戦略の授業は受けたが実践レベルの人間はいないかな。俺も戦争なんて経験したことない」
花京院も首を振った。
「我たちも、6人一組で、行動、魔女を狩っていた……」
誰も花京院には突っ込まない。
俺も首を振った。
「俺たちに戦争経験があったらおかしいだろ。俺や神楽坂は個人戦しか道場で習っていない。戦略なんてわからん」
神楽坂は大きくうなずいた。
「そうだ。私たちには経験がない。じゃあどうすればいい。これだけ生徒数が入れば軍師的な人間もいそうだが……」
勇者が神楽坂に意見を口にした。
「え〜とね、多分だけど俺達ってトップだろ? 前の世界でも強者の部類に入ると思うんだ。でもこの世界は今までいた世界よりもおかしい。うん、頭がおかしい。だから学園で習った戦略をとっても突飛な事で覆されると思うね」
俺も同意見だ。この世界はおかしい。本当にいかれている。
戦略が個人の力で跳ね返される。
「個々の力か……戦力の増強……強引なレベルアップ、装備の充実……時間が足りない、現状は最悪だ……」
そう、俺達に時間は無い。明後日の朝に始まる。
神楽坂は机を強く叩いた。
「だが、足掻いてみないか? 私は自分たちの世界しか知らなかった。この世界で他の世界の貴様ら(強者)がいて、藤崎も昔みたいな感じに戻って、私は意外と今が気に入っている」
「心を燃やせ」
「私と藤崎の師匠の言葉だ。心を燃やして敵を灰にしろ。歯向かうものは薙ぎ倒せ。私は攻城戦のモンスターどもを根絶やしにしてやるぞ!!!!!!」
神楽坂はカメラ目線で高々と拳を天に突き上げた。
ああ、そのイカれている感じは師匠の言葉だ。懐かしい。
「私たちはまだ弱い。だが、最強の無職ハルキがいる! 最強のハーレム勇者レオンハートがいる! 何故モンスターごときに負ける!」
「ここで死ぬ気で戦わなかったらいつ戦う!! 私はやっとハルキに素直になれてきたのだ! 告白するまで死んでたまるか! 殺し尽くしてやる!!!」
神楽坂の声が大きくなってきた。
「お前らも大切な人がいるだろ! 弱いままでいいのか? もしモンスターに殺されたら? もし守りきれなかったら? 武器を持て!! 武器が壊れたら己の拳が在る!! 強くなれ!! 私たちの世界の意地を見せてやれ!!!」
「戦術? 戦略? そうだ私達に似合わない! そんなもの力でなぎ倒せ!!」
勇者も立ち上がり叫んだ!
「おーし!! 俺も最強の男だ!! この戦いを終えたらハーレムのみんなと幸せになるんだ!! 立ちはだかるものは全て倒してやる!!」
花京院もぼそぼそと何か言っている。
「我も、ここ暮らし快適、魔女ヤダ、戻りたくない……殲滅、殲滅、殲滅……」
俺もこの暮らしは気に入っている。
アリスと一緒に過ごしながら、前では考えられない位色々な事が出来た。
勇者とアリスはいつか決着を付けなきゃいけない。
それはまだ先でいい。
今は攻城戦を乗り切ろう。
神楽坂は熱い思いを告げるように指示を飛ばした。
「よし、まずは今から徹夜でレベル上げだ! 3世界生徒戦闘員全員だ!! 狩り尽くすぞ! 非戦闘員も戦いたい奴はこい! 今から門に集合だ!!」
「睡眠はレベル上昇と不眠薬でどうにかなる。それよりも食料と道具だ。このNPCの食料はステータスが上がる効果があった。NPCがいなければ生徒が作ればいい!! 食料も道具も武器も徹夜で作るんだ!!」
「土木職の奴らに通達しろ!! 広場を土魔法でモンスター防波堤を作るんだ!! 隙間から遠距離攻撃で迎え撃つぞ!!」
神楽坂は凄い勢いでそのまま喋り続けてどんどん指示を出していった。
「「御意!!」」
どこからともなく神楽坂の取り巻きたち現れ、忍者のごとく素早く散って行く。
神楽坂の貫禄は昔俺が少しだけ憧れた神楽坂であった。
恵比寿が若干引いている。
まだ少女と遊んでいる。
俺は恵比寿に話しかけた。
「お前……ロリコンだったのか?」
「ちげーよ!! 俺はむっちりしたオネエさんが大好きだよ!!! ポンコツはいらねえよ!!」
「そのポンコツが大将になるのか……よくわからんがお前はどうするんだ?」
恵比寿の目が攻撃的に光った。
「こいつをポンコツ呼ばわり出来るのは俺だけだ! 訂正しろ……」
あの恵比寿から威圧感を感じる……。
「あ、ああ悪かった。ポンコツ言って悪かった」
「ふん!」
恵比寿はポンコツ呼ばわりされた少女の頭を優しく撫でていた。
神楽坂から恵比寿へ指示が飛ぶ。
「恵比寿たちは攻城戦開始したら城最上階で待機してろ!!」
恵比寿の横で少女は疲れたのか眠りこけている。
恵比寿は少女を優しそうな瞳で見ていた。
「……わかった」
なにやらカフェの周りから怒号が聞こえてきた。
「モンスターになんか負けねえぞ!」
「俺達だって役の立つところを見せてやるよ!」
「ふふ、私の知力が必要になる時が来ましたわね……」
街にいた大勢の生徒たちがカフェに押し寄せて来た。
カフェを囲んでいる。
その生徒たちは目は熱く燃えていた。
神楽坂がテラスへ出た。
「お前ら!! 生き残るぞ!!!」
「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」
「街を守るぞ!!!」
「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」
「ボスはランキングトップのハルキとアリスがぶっ殺してくれるぞ!!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
あ、俺なんだ。
俺はアリスを抱きよせる。アリスの目はいまだランランと赤く輝いている。
俺も闘志を押さえきれずにいた。
俺とアリスはゆっくりと生徒たちの前に出ていった。
生まれて初めてだ。こんなに大勢の前で何かをすることは。
俺は大声で高らかと宣言した。
「ボスは俺がぶっ殺す!!! お前らは街を守れ!!! 大切な人を守れ!!!」
「俺の本気をお前らに見せてやるよ!!!」
アリスも一緒に叫んでいた。
「きゅーーーーーーーー!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
そこから俺達全生徒は行動を開始した。




