プロローグ
俺は昔から人付き合いが苦手だった。
幼少期から内気で弱気な性格が災いして、中々友達もできずに一人でいるときが多かった。
友達ができたとしてもいじられたりいい様に使われているだけのキャラだった。
身体が強くなれば心も強くなると思って、近所の怪しい道場にも通い続けたがこの性格は変わらなかった。
それでも小学生の時はまだ致命的な対人関係で失敗するほどの事はない。
中学生から地獄となった。
気が弱いのを幸いとして、クラスの男女からのいじりが徐々に激しくなってくる。
罰ゲームで俺に告白する羽目になったクラスのリア充グループの女の子。
告白をうけてうれしく思わない男はいない、とてもあか抜けていてかわいい子で自分とは釣り合わないと思って丁寧にお断りした。
次の日からいじりがいじめになった。
女の子は俺から暴言を受けて傷ついた。あいつはひどい奴だ、最低の男だ、体だけ要求された、そんな噂が一気に学年中に広まった。
学生は大人たちが思っているよりも、自分の立場や周りの空気にシビアである。そんな空気の中で俺と友達になろうとしてくれる奴はおらず、はじめは無視、ふざけて物を隠される、壊される、理不尽な暴力、徐々にエスカレートしていくのが常である。
告白をした女の子は自分の立場の保身に走っただけ。ちょっとしたきっかけで人は敵にも味方にもなる。
いじめられて孤立していく中で自分の心が閉ざされていく感覚になっていく。
そんな中俺の事を気にかけてくれる女の子もいた。
机に落書きがされていたら一緒に消してくれたり、いつもその子だけは俺に話しかけてくれた。
固まった心が少し開いていくのが実感できる。中学生なんて単純なもので少しづつ好意を抱いていくのを感じていった。
でも、結局はいい様に使われていただけであった。
放課後教室に忘れ物をして戻った際、その子と友達が会話しているのを聞いてしまった。
「あんな奴の世話をしているのはいい子に見られたいだけ」
「勘違いされそうで怖い、キモイ」
「つーか、学校こなきゃいいのに、面倒へるし〜」
人は信用してはいけないと思った。悪意はだれでも持っている。
自分の中のストレスを発散するためにエネルギーと時間を勉強と道場で体を動かすことに使った。
身体を鍛えると心が落ち着いてくる。
俺は全く人を信用しなくなった。かといって心が強くなったわけではない。人の言っていることは気になるし、友達も欲しい。もしかしたら……っていう希望も捨てられない。矛盾はしているが人間はそんなものである。
高校に入って環境が変わった。
いじめはなくなり本格的にボッチな地味野郎になった。
たまに話しかけられたりいじられたりする。心を乱さずに冷静に平静に返答する。しつこく強くいってくる奴もいるが基本スルーを心がけている。
自分の本心を隠すのが円滑に生活する秘訣だ。
そうそううまくいかないよね……
頭が重くてダルい。帰りたい。
この倦怠感はなんだろう?
過去を回想しながら時間を潰している。
ここは俺のクラス2年1組の帰りのHRの時間だ。
「さっきからボケっとしてんじゃねえよ!!」
たしかクラスのリア充イケメン君。あまりクラスメイトの名前は……
クラスを見渡すと嫌悪のまなざしが俺に突き刺さる。
「藤崎 ! お前が七海 を泣かせたのはわかってんだよ。このクズが! いいから謝れよ」
藤崎とは俺のことだ。
責めているのはイケメン君だけではない、何故ならこれは学級裁判である。
担任のくそおやじが教壇の横でパイプ椅子に腰をかけている。ほぼ我関せずだ。 集団を管理するためにスケープゴートを作る。要は生贄だ。
担任は俺をクラスの敵として円滑に進めようとしている。
「おーい、あんまりエキサイトするなよ。藤崎も黙っていちゃわからんぞ」
手をたたきながら無責任に言い放つ。
「はいはい! とりあえず藤崎君が謝ればいいんじゃん?」
「空気読めよ……」
「おとなしそうな顔してね~」
「昔も事件起こしたらしいよ」
「ななみん可哀そう……」
東雲七海、クラスの最上位に入るかわいい子だ。黒髪で清楚な美少女、奥ゆかしい性格と人お形みたいな見た目。
そんな彼女に群がる男子は多い。入学してから連日の告白祭りだ。
俺は彼女と接点がある。クラスで地味で目立たないを俺を仮面彼氏として付き合う振りをしていた。週に1回一緒に帰るだけ、会話もない、それが1年続いている。
そんな東雲にも好きな男子ができたらしい。
おれは用済みになった。
過去の失点を隠すため俺を悪者にして清く正しい娘アピールをしようとしているようだ。
東雲は焦ったように、顔面蒼白になっている
俺が無理やり弱みを握って付き合っている、とリア充イケメン君は言い放つ。
俺の素行不良をHRで話し合う。そんな担任公認の学級裁判であった。
過去の経験から言うとこの状況は何を言っても駄目だ。何をどうしても悪者になる。早く時間が過ぎればいいと思う。
俺の幼馴染というか姉弟子というか道場の先輩である神楽坂幸子 は、無関心でつまらなそうな顔をしていた。
イケメン君が近づいてきて俺の胸倉をつかんだ。
「てめーなんとか言えよこら!」
俺はあきらめた目でイケメン君に小さく呟いた。
「ごめん…」
心で思うことを言葉に発するのは酷く難しい。行動に移すのも難しい。
こんなだから、いつもみんなからバカにされる。
いつもこうだ。何かをするたびに関係が悪くなる。普通の生活をしたいだけなのに世界が息苦しい。
――どこか遠くの世界へ生きたい……
「いい加減くだらない話は終わりにしろ」
ドスの聞いた声がクラスに響き渡る。
神楽坂幸子はゆっくりと立ち上がる。闘気をまとっているかのような貫禄、180㎝ある身長にアスリートであろう肉体、その風格は王者、それでいて柔らかさを感じさせる身体、ショートカットが似合う美しく整った容姿、まるでどこぞの主人公のいでたちである。
曰く学園の貴公子、曰く熊殺しの幸子、曰く地上最強の女子高生
殺気が感じられるような視線で回りを見渡す。
「もう終わりにしろ」
神楽坂は心が弱い俺には興味がなく無関心である。
昔は少しだけ優しかったけどな……
今は道場でいびられているだけの関係だ……
こいつは、ただ単に早く帰って道場に行きたいだけであろう。
でも俺はこれでいい。
人とあまり関わらず生きていきたい。
隣の席の豊洲 マホが声をかけてきた。
彼女は俗にいうギャルで俺の事をいじってくる。
派手なギャルの風貌と素顔のかわいらしさが相まって、クラスの上位の人気者だ。小柄な体格と栗色の髪とわさわさにつけられたエクステ、少し昔のギャルを意識してルーズソックスをはいている。きつい性格を除けばさらにモテモテであろう。
「おい藤崎さ~、お前何調子くれちゃっているの~」
結構な強さで俺の頭をはたく。
「まあそうだよね。あんたがあの七海と付きあっているわけないよね。ふふん!」
今度は横から腹パンしてくる。
「あんたのせいで残ってんだからサイゼおごりなよ!」
俺はこいつから、いつもいじられている。こんな状況で俺に話かけてくるのは素直にすごいと思うが、内容はほぼいじめに近いが。
――なんだろう? 心なしか嬉しそうだ。
もしかしたらこの子なりのコミュニケーションの取り方かと思った時もある。
でもクラスの女子と話しているときに聞いてしまった。
「マホは藤崎にかまっているけど好きなん?」
「あ、ありえないって、あんなヌボーっとしてて冴えな男が好きなわけないじゃん」
豊洲は顔を真っ赤にしながら全身で否定していた。
「あっそ、あいつ暗くて地味だけど顔と体は結構いけてんじゃん」
「いやいや全然タイプじゃないしむしろ見ていてイライラするから嫌い!」
豊洲は大声で焦ったように言い放っていた。
とまあこんなことがあったから、ただの下僕としか見ていないだろう。
俺の豊洲への対応は素直な返事しかしない。それが一番丸く収まるからだ。
「……了解」
「……」
不機嫌な顔になる豊洲。
担任が学級裁判を閉めようと席を立った時にそれは起こった。
音もない、振動もない、ただ光だけが辺り一面を照らした。
「ちょ…」
豊洲の声も掻き消えた。
光の洪水の中、俺の意識が途切れた。