「後編」
どうなる世界一の美人
チェンジミーdeヘンシン「世界一の美人になったら……」(後編)
木下鈴が店の外に出ると、その瞬間にパーっと世界が花開いた。最初は彼女の自己満足だったかもしれない。でもすぐにあらゆるところから、膨大な目線が鈴に来る。
(ふふふ……)
歩き出して3分もしないうち、鈴はすごい快感におぼれた。見られる、見られまくる、とにかく大勢に見られてしまう。どこぞのファーストレディーなんてやつがきても、これだけ目線をもらうことはないだろう。
全員がトロっとした目で鈴を見ていた。赤い顔、胸が焦げたって目、とつぜんの片思いってフンイキ、すべてが鈴を女神として認めている。
(ここまですごいとはね)
歩きながら鈴が顔を上げた。スーッと髪の毛が流れると、誰もが夢を見るようにうっとり。いま、地球は鈴を中心に回っている。
こうなると試してみたくなる。世界一の美人というのは、赤信号をわざと渡ろとした。すると当然クルマがやってくる。危ない! と誰もが思ったときだ、ひとりの男が横から鈴をガードするように飛び出すのだった。
「何やってんだよ!」
男は鈴に注意する。ここだけならありきたりだが、その後がちがった。
「美人のおまえに何かあったらどうするんだよ。おまえの存在はおまえだけのモノじゃないんだ」
彼は熱血テニスプレーヤーもおどろくほどの熱意で、鈴という存在の大切さを力説。美人を失うのは人類の悲しみなんだとか、美人の命はブスの100万人分に相当するとか力説。
「わかった、心配かけてごめんね」
それだけ言って鈴が回れ右すると、男は一瞬せつない顔になった。鈴に相手してもらえなくてさみしいって、まるで小学生男子が失恋してみたいな目。
「ふふふ、こんなに見られるなら、この世に隠れる場所なんてあるわけない」
快感物質がイヤほどあふれる。だって世界はすずを女神としていて、彼女を見ない奴はいないからだ。散歩中の犬だって鈴に顔をあからめる。もしかすると感情を持たない自販機だって、鈴に恋してしまうのかもしれないって勢い。
「ふふふ、あーははははは」
あんまりにもすごくて笑い声がでてしまう。するとうっかり本気の信号無視をやらかす。今度はかなりヤバくて、鈴は引かれると思われた。
「あぶない!」
突然にわかい男が飛び出す。彼は鈴の代わりとして車にはねられた。ドーン! と飛ばされ地面に転がる。ビックリした鈴が歩み寄り声をかける。
「だいじょうぶ?」
「ぼ、ぼくは……だ、だい……じょうぶ」
「どうしてこんな事をしたの?」
「ぼ、ぼくみたいな男が死んでも……あなたみたいな美人が無事なら……それなら……」
「しっかりして!」
「美人のために死ねて……うれしい……男として一番うれしい死に方が……できました……」
ここでわかい男がガクっと息絶えた。美人の役に立てたことを誇りに思う……そんな感じの死に顔がとても印象的だ。
「あ、そういえば今日はアルバイトがあるんだった、急がないと」
鈴はわかい男の死体に手を合わせると、アルバイト予定のあるコンビニへと向かう。しかし本日は何から何までが今までとちがう。
世界ナンバーワンの美人が入口へ向かうと、近くにいた男が慌ててドアを開けた。そうしてていねいにアタマを下げて言う。
「ど、どうぞ……」
もはやこの世の男は下僕みたいなモノだった。そして誰もが無条件でチヤホヤしてくる。たとえば、着替え終えた鈴がレジの前に立った時もそうだ。
「お会計たのむよ」
50代後半くらいの男性がやってきた。彼はぶっきらぼうに買い物かごを差し出した。ところが、すずの顔を見たとたん……ほわーっと顔を赤くする。その顔はまるで女神に恋する少年のよう。
「おい、こら、そこのおまえ!」
客の男性はとつぜんに、近くの男性店員に怒鳴りつける。
「こんな美人に仕事をさせるな! おまえがレジをやれ、何を考えているんだ!」
ふつうならケンカになってもおかしくない場面。でも男性店員は、やっぱりそうですよね! とか言って、鈴の代わりにレジに立つ。そして美人に小声でつぶやいた。
「鈴さんは何もしなくていいです。美人に汗水流せるほど野暮じゃありません。鈴さんは給料だけもらってくれたらいいんです、ほんとうに」
こうして鈴は仕事時間の間、まったく何もしなかった。ただ笑顔でいればいいと言われたが、それだけで店は客を呼びまくる。店内は鈴を見たくて大勢が詰めかけるものの、決して争いなどは起こらない。みんながシアワセを共有しているみたいだ。それまさに美人のなせる業としか言いようがない。
「木下さん、ほんとうにありがとう。これは心ばかりのボーナスだよ」
店長はペコリと頭を下げたら、何も働かなかった美人に分厚い封筒をわたす。その厚さは非常にすごい。なぜって1万円札が100枚も入っているのだから。
「800万円ちょいつかっても、その日のうちに100万円がもどる。美人ってすごいわ、ほんとうに」
そんな風につぶやいたら、鈴はこっそり裏口から出た。今やアイドルみたいにキャーキャーされているのだ。コンビニの正面入り口は大騒ぎになっている。
「さてと夕飯の買い物とかして帰ろうかな」
とあるスーパーに立ち寄ると、みんながチラチラやりまくる。男も女も老いも若きも鈴から目が離せない。それは女にしてみれば濃厚な栄養そのもの。
「よいしょっと」
鈴がカゴをレジに出そうとすると、近くにいた男性が走ってきた。彼は大慌てでサイフを取り出すと、自分のクレジットカードを差し出す。
「これ、使ってくれ」
「え、でも……」
「あんたみたいな美人に使ってもらえたら、おれのカードも本望だと思う」
「ではお言葉に甘えて」
こうして鈴は一円も消費せず買い物ができた。そうして普通よりやや上って感じのアパートにもどる。でも一晩経つと思いっきりおどろかされる。
翌朝、すずが自部屋のドアをあけると、そこは物質で埋め尽くされていた。鈴さんへ! とか書かれたメッセージと共に、食料だの日用品だの置かれている。現金の入った封筒だってたくさんある。
「まったく、美人になるともらってばっかりね」
鈴は喜んですべての金品をもらっておく。こういう事が毎日続くと、完全無職なのにお金持ちになっていく。そこそこのアパートから高級マンションに移り住んだ。室内はぜいたくな置物で埋め尽くされる。預金口座はあっという間に、1のつぎに0が8個もつく。
「まったく美人になるとヒマねぇ」
クソ暑い夏は24時間冷房をかけ、高級アイスを食って、思いつくままに小説などを書いて暮らす。世界一の美人だから、小説大賞をゲットするのはわけもない。小学生みたいにヘタクソな文章なのに、いまやベストセラー作家。
こうなると当然ながら鈴の家族も自堕落になる。世界一の美人をもつ家族として、父も母も弟も誰も働かない。それでも鈴は腹を立てたりはしない。
「世界一の美人、そしてお金持ち、心にあるのは余裕だけよ」
そんな風にしてほほ笑んで毎日を暮らす。一匹200万円もする金魚をたくさん水槽に入れて、へたくそな小説を書く以外はひたすら食っちゃ寝。そんな生活が数年ほど続いた。
ーそして数年後ー
木下尚という男が、とあるマンションの近くで高級車を止めた。それからキンキンにかがやく服装で下車すると、姉という女がいるマンションの中に入った。
「まったく姉貴はどうしたのやら」
エレベーターに乗る彼は、ここ最近ぷっつり連絡がとれなくなった姉を心配していた。一見すると良い弟だが、実際はちょっとちがう。
姉の鈴になにかがあるってことは、自分の自堕落生活ができなくなる。なんせ高級車も一着10万円のシャツも、すべて姉マネーで買ったモノばかりなのだから。
「うん?」
上下への自動ボックスから下りた彼は、姉部屋の前を見ておどろいた。そこには大量の金品があると思ったが、まったく何もない。あるとすれば見えないホコリくらいなモノだ。
「金品はちゃんと回収してるってこと?」
弟は部屋のインターホンを押す。しかし返事はない。いないのか? と思ったときだった。何やら苦しさそうな声が聞こえた。
「うん?」
鉄のドアに耳を当ててみる。
「姉貴、いるのか?」
弟は非常事態だと思ったので、カギをぶっさしドアを開けた。すると中は一面が真っ暗。生活のニオイってモノがまったく感じられない。
「姉貴?」
彼は居間ってところにまで足を運んだ。そうしてドキ! としたら本気で青ざめ、どでかい声を出して硬直してしまった。
「あぁ……ぅ……尚……うごけないのよぉ、たすけてよぉ……」
そこにいたのは樽王500Lよりデブった鈴だった。体重はまちがいなく300kを超えている。食っちゃ寝ばかりの堕落生活をしたせいで肥えた。
「お、おまえは誰だ!」
弟は最初信じられなかった。
「尚……わたしだよぉ……世界で一番の美人だよぉ……」
このクソデブな女はお尻がイスにハマって抜けなくなった。そのうえ自力では立ち上がれない。だから当然のごとく悪臭がただよう。
「な、なんだこの匂いは……」
気づいた弟は鼻をつまんでしまう。姉は立ち上がれなくなって数日が経過していたのだ。その間、顔も洗わないしフロにも入っていない、そして排泄はそのままやりっぱなし。
「たすけてよぉ……」
結局みじめな姉は救急車で病院へ放り込まれた。そしてもう誰からもチヤホヤされたりもしない。あまい夢は終わったのだ。
もっとも世界一の美人だった時期があったので、そこで稼いだお金によって労せず暮らせることに変わりはなかった。それまさに腐っても鯛という感じだった。
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