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魔法犯罪対策班業務日誌  作者: 小山タケヒコ
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追走:5

 〇帝国歴2108年9月の第3火曜

  午後1時47分

  帝都第3環状高速道路

  第28料金所を目前にした道路上

  大規模魔法行使の爆心地にて


「≪天眼呪法≫、再解放」


 自分が汗をかいていることも忘れていた。思い出したように額を流れた邪魔な水分を手で乱暴にぬぐいながら、再度分析魔法を構築。敵魔装騎の周囲の魔力の流れに目を凝らす。

 あれだけの攻撃魔法を放った直後だ。本来であれば、周囲にはリョウちゃんの色に染まった魔力で満たされていたっておかしくない。

 だというのに、だ。

 敵魔装騎から垂れ流されている人工的な魔力以外には、わずかなリョウちゃんの魔力の残滓程度しか感じ取れない。


「サチコさん、いったい何が? 俺、なにか魔法失敗しましたかね?」

「たぶんだけど……」


 リョウちゃんは自分の攻撃が失敗したのかと焦りをにじませている。

 だが、そんなはずはない。私の展開した防壁を叩いていたのはたしかにリョウちゃんの魔法だった。

 私はリョウちゃんに説明しながら自身の思考を整理する。


「あの肩についてる大型の装甲だけど、今は開いて内部機構が見えてるよね? あそこを中心に魔力の色がなくなっていってるの。たしかにリョウちゃんの制御下にあったはずの魔力が無色の魔力に戻っている」

「それって俺の魔法を無効化したってこと?」

「分かりやすく言うならそういうことだと思う」


 棒立ちしていた魔装騎は開いていた装甲板をバキンッと固い音を立てて閉めた。

 魔装騎はゆっくりとこちらに歩き始めた。その歩みからはライダーの侮りがはっきりと見て取れる。「渾身の魔法を無力化された気分はどうだ?」とでも言いながらニヤついているに違いない。

 ヤツとの距離がどんどんと縮まる。


「輸送車で運んでいるときにリョウちゃんが近付けなかったのは、アイドリング状態の魔法炉から溢れた魔力があの装置を動かしていたからだと思う。でも、なにか違和感がある」


 私はその場を動かず口だけを動かす。

 なにかが掴めそうだ。

 ヤツの足音がだんだんと近付いてくる。

 私は思考をさらに進める。

 リョウちゃんが近付くとうまく飛べなくなった。私が荷台に飛び乗った時にはほんの少し魔法が乱れた感じがした。影響力に違いがあったのは外部に作用するリョウちゃんの魔法と私の体を媒体にした内向けの魔法の差だろうか。いや、違和感があったのはそこではない。そうだ。


「……ヤツが動き始めてから魔法の乱れる気配が一切なかった。私はヤツに直接触れているのにも関わらず」

「サチコさん?」

「試してみる価値はある」


 すぐそばに迫っていた魔装騎が足を振り上げる。馬鹿のひとつ覚えだが、私たちにとって脅威であるのは変わらない。

 道路を踏み抜く音。破片が飛んでくるのも気にしていられず、私とリョウちゃんは左右に飛び退って攻撃を回避する。ここからの攻め手までさっきの焼き直しにするつもりはない。


「リョウちゃん。出力は絞ってもいいから攻撃魔法ありったけ叩き込み続けて」

「何か考えがあるんですよね?」

「うん、まかせて。どれくらいもちそう?」

「……5分はもたせます」


 自信なさげな声音だが、責任感の強い彼のことだ。自分が口にしたことはきっちりこなしてくれるだろう。背中を任せるにこんなに心強いことはない。


「じゃあいくよ」

「いくぞおおおおおおおお!」


 自分に発破をかけるために、リョウちゃんは威勢良く吠えながら圧縮空気の爆弾を連続で構築・射撃を開始した。速射性を優先しているためか、先の一撃ほどの破壊力はない。魔装騎は自身の防壁で防いでいるようだ。しかし、私の拳のように完全に無視するとまではいかないようで、鬱陶しそうに払いのけたり、威力のあるものは回避をしたりと私の時とは違う反応を見せる。

 私は≪天眼呪法≫で魔力の流れをしっかりと見定める。

 必要なのはタイミングを計ること。あとは度胸だ。

 2分、3分。

 リョウちゃんが約束した時間は無情にも過ぎていく。

 空中にいるリョウちゃんはぜいぜいと息を荒らげ始めていた。魔法の過剰使用で肉体に変調をきたし始めているのだ。

 敵魔装騎の視線はリョウちゃんに固定されている。無力な私に見向きもしていない。自分が先ほどと同じ行動を、足元を駆けずり回る小動物を相手にしていた時と同じ行動をとっていることに気付いてもいない。ライダーの思考の流れは先ほどと同じ。そろそろだ。飛び回る羽虫が煩わしくなって、行動が大雑把になる。大胆な攻撃で終わらせようとするところまで同じ。

 全部、全部、全部同じ。


「かかった」


 開き始めたのは肩部装甲。

 露出した内部機構が周囲の魔力を指向性のない無色の状態に戻していく。

 リョウちゃんが「うおっ」と声を上げて態勢を崩す。完全に落ちきる前に着地態勢に入ったのを横目で確認しながら私もスタートを切る。ずっと解放しっぱなしだった≪強化呪法≫に魔力を注ぎ込み全力で敵魔装騎に駆け出す。

 魔法無効化装置は稼働状態にある。

 敵魔装騎は完全に動きを止めている。

 私が違和感を覚えていたのはこの部分。今、確信に変わった。

 この魔装騎は機体制御と、無効化装置を同時に稼働させることができない。

 リョウちゃんが近寄った時も私が荷台に飛び移った時も、もちろん魔装騎は動いていなかった。

 当然といえば当然だった。周囲の魔力を無色の状態にするのなら、自身が発する魔力にも影響があってしかるべきなのだ。

 実験機故の欠陥と呼ぶべきものか。まだまだ洗練していく余地があるというべきか。この際、どちらでもいい。

 私の魔法は自身の内側に作用する魔法だから影響は少ないようだ。

 だから。


 今なら、きっとこの拳が届く。


 狙うのは腹部装甲内部の高出力魔法炉。

 私の年収の何十年分かは知らないが、砕かせてもらう。

 最初に言ったはずだ。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃。あと何発でも。


「ただの金属のカタマリなら、ぼこぼこにするのに30秒もいらない」


 何発殴ったのかは数えていないけれど。

 最後の一撃はとびきり力を込めて、魔法炉の核を粉々に砕いてやった。



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