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魔法犯罪対策班業務日誌  作者: 小山タケヒコ
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追走:1

 〇帝国歴2108年9月の第3火曜日

  ある少女のどうにもならない回顧


 久しぶりのオフの日。

 しつこい残暑もようやく和らいで、とっても過ごしやすい日になるはずだった。

 気合を入れて早起きをして、たまっていた家事だって頑張って片づけた。

 自炊は苦手だけれど、ちょっと遅めの朝食も自分で用意した。トーストがちょっと焦げてしまったが、私にしては上出来だった。

 あとは何をしようとも誰にも邪魔をされないはずだったんだよ。

 あの電話にさえ出なければ、私は有意義な休日を過ごすことができていたはずなのになぁ……。


 

 〇同日

  午後1時13分

  帝都第3環状高速道路を走行中の二輪車上


 アクセルを小刻みに吹かしながら、渋滞気味の車の間を抜けていく。

 周囲に危険を知らせるために赤色灯を回転させながら、もちろんサイレンだって鳴らす。

 善良な帝国臣民たちの運転する一般車両が私のバイクを避けるようにスピードを落としてくれているおかげで、走行はとてもスムーズだ。

 本来ならもっとエンジンの音に耳を澄ませながらゆったりツーリングとしゃれこみたかったんだけどなぁ。

 まだ引きずっていたネガティブ思考と一緒にため息をつこうとしたとき、耳元のインカムに若干のノイズが走った。


「こちら指揮車両イガラシ。聞こえるかサチコ」

「こちらサチコです。なんです隊長?」


 通信機越しに私を呼ばわったのは我らがボス。低音なのによく通る、ダンディな素敵ボイスの持ち主だ。けれど実際のところはスキンヘッドの巨漢なのだから詐欺もいいところだ。


「現在、第27料金所を通過したあたりでリョウタが対象車両を追跡中だ。合流できそうか?」

「今のペースなら3分くらいで追いつきそうな感じです。急げばもう少し早いかも」

「なら急いでやってくれ。あいつ独りで追いかけてるから、たぶんもうちょっとしたら泣くぞ」


 どういう状況なのよそれ。

 気弱げな少年の顔を思い出すが、仕事はしっかりとこなすタイプだったように思う。

 しかし、独り?


「独りってどういうことですか隊長。追跡してるのってリョウちゃんだけですか?」

「いかにも」


 いかにも、じゃないんですけど。

 私たちって今、カーチェイスをしてるはずなんですよね?

 本来なら治安騎士団のパトカーやら、ヘリコプターやらが追走しているはずだ。

 その中に紛れているならリョウちゃんがひとりでベソかく必要もないはずだけれど。


「合流までもうちょいかかるだろ? 急ぎで駆けつけてもらったからブリーフィングもできなかったし、ちょっと説明しちゃるわ」

「ぜひお願いします」


 私のバイクは一般車両が密集して徐行していた地帯を抜けつつあった。件の第27料金所は先ほどのやり取りの間に通過しており、前方には交通量の減った広い道路が開けている。ギアチェンジと同時にアクセルを開けて加速する。同時に感じる加速Gがすこぶる心地良い。


「逃走車両なんだがな、実は帝国軍の実験兵器を輸送中に強奪されたものなんだわ」

「またさらっと厄介なことを聞かされましたね」

「だもんで、治安騎士団と帝国軍のお偉方同士でどっちが確保に動くかって現在進行形でもめてて、どっちも部隊をまともに動員できてない」


 街中で起こった事件のため、本来なら治安騎士団の管轄だ。だが、輸送していたモノがモノだけに帝国軍からの横槍が入って、結果どちらも動けていない。きっとそんな状況なんだろう。

 低音ボイスで聞かされた内容も、聞かなくてよいのなら聞きたくはなかった。

 どう考えても機密情報だし、今からすることを考えると面倒しかなさそうだ。


「だから、どちらにも所属していない私たちにお鉢が回ってきたと?」

「そういうことだ」


 今度こそため息が漏れる。

 どちらも帝国臣民の安全と安寧を守るための組織ではないのか。

 それがなぜ、一帝国臣民であるところの私へ。しかもその有意義な休日にダイレクトアタックを仕掛けてくるのか、まったく解せない。


「やっこさんがたは帝国軍の輸送部隊に奇襲をかけて、車両ごと強奪していったらしい」

「軍人の皆さんが油断していたのか、強奪犯が優秀だったのか。どちらだったんでしょうか?」

「どっちもだ」

「どちらも?」


 私のオウム返しに答えたのは隊長のため息だった。


「よほど機密性の高い兵器だったのか、護衛部隊が最低限しかいなかったそうだ。もしかしたら精鋭だったのかもしれないが、いかんせん数の暴力ってやつには敵わなかったんだとよ」

「はぁ」

「現場の記録から、犯人グループも割れてる。『太陽賛歌』って過激派テロ組織の実行部隊だ」


 聞き覚えがある名前だった。

 現在の帝政を良しとせず、自由主義を声高に叫ぶ団体だ。叫んでいるだけならうるさいだけだが、この組織の厄介なところは、どこから調達したのか高い練度を維持した実行部隊を所持しているところにある。最新兵装の扱いから魔法の戦闘運用までこなす精鋭だという話だ。


「帰っていいですか?」

「ダメに決まってんだろ。給料分の仕事しろ」

「今日はオフだったんですよ。お給料の範囲外です」

「休日手当は経理に掛け合ってやる」


 掛け合うだけじゃなくてちゃんと出してくださいね? 危険手当もですよ?

 テロリストとドンパチだなんて、うら若き乙女の休日としては下の下もいいところだ。せめてリターンが欲しいと考えるのはそこまでおかしくはないはず。

 環状道路のため、ゆるくカーブしていく視線のその先。ヘルメットのバイザー越しに、安全速度など完全に無視してひた走る大型輸送車両と、その周囲をぶんぶんと飛び回りながらなにかを叫んでいるらしき同僚の姿が見えてきた。


「目標確認。リョウちゃんの支援に入ります」

「あいつが泣いてたら慰めるくらいはしてやれよ」


 約束しかねます、とは言えず「了解」と返すだけにとどめる。

 愚痴を言いたい気持ちはいったん抑えて、仕事にとりかかろう。

 私は余計な思考を頭から追い出し、しっかりとアクセルを握りなおした。



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