8
ティータイムになって、言われたとおり庭に向かうと、バラのアーチの下のテーブルに、お父様とお母様、後ろにクラウスが揃っていた。
「ルーちゃん、さっぱりした?」
席に着くと、お母様が、私の分の紅茶を入れながら聞いてきた。
「はい。おかげさまで」
「そう、よかった。ほら、紅茶を飲んで。これからのことを話しましょう」
「はい」
大丈夫。3人を信じるって決めたから。
「ロラン殿下との婚約だけど、お母様も婚約は取り下げたほうがいいと思うの」
……
…………
よし、帰ろう。
ガタっと音を立てて、席を立とうとすると、お母様に手を握られた。
「ルーちゃん、ちゃんと聞いて」
真剣な顔でじっと目を合わせてくる。
「……だって。……好きだって言ったのに……お母様がなんとかしてくれるって言ったのに……」
目線を外せなくて仕方なく席に着くが、ふてくされた子どものように責める言葉ばかりが出てくる。
「ルーちゃんの気持ちはよくわかるわ。でも、お父様もクラウスも言っていたと思うけど、ロラン殿下が拒んでいるのに無理を通せば、結婚はできるかもしれないけど、好きになってもらうことは難しくなる」
お母様は、優しく手を撫でながらも、目線は外さない。
「ルーちゃんも、側にいるのに、ずっと嫌われる。そんな結婚はイヤでしょう?」
「……はい」
「ロラン殿下には、婚約は取り下げるけど、婚約者候補として扱って欲しい。これから1年間、噂ではなくルーちゃん自身を見て、婚約者とするか判断して欲しいと伝えましょう。1年後に、隣に立つのにふさわしくないと判断するなら身を引きますと」
「1年間ですか?」
「そう。ルーちゃんも、伯爵家に生まれたからには、16か、遅くても18までには結婚して、世継ぎを産むのが最低限の義務、ということは話してあるわよね?」
お母様が首をかしげる。
……
そうなのかー。16で結婚とか、考えたこと無かったけど……それどころか、その前の20数年の人生でも考えたこと無かったけど……
でも、これだけ恵まれた立場にいるなら、その分の義務も発生する、そんなものなのかな。
「はい。わかっております」
思ったよりも、しっかりと答えが出た。
覚悟とかはまだ全然だけど。
「よかったわ。それでね、ロラン殿下もルーちゃんも今14だから、1年後に婚約者を決めるっていうのは、16に結婚するための、私たちがギリギリ待てる範囲なの」
お母様は、少し余裕がでたのか、私の手を離し、席にもたれかかると、紅茶をスプーンでクルクルかき混ぜながら続けた。
「はい」
「それから、これは聞きたくないかもしれないけど、1年後に、ロラン殿下がルーちゃんを選ばなかったときのことも考えなくちゃいけなくて」
お母様は、ちょっと困った顔になりながらも話を続ける。
「本当は少し先の予定だったんだけど、親戚から、ザリア領を継がせる予定の子を呼び寄せます。それからウインザー公爵の息子さんにも婚約者候補として声をかけます」
「え、無理です!」
「ルーちゃん」
お母様は、少し厳しい顔で私の名前を呼ぶ。
「無理です!」
泣きそうになりながら、拒む。
「……ルーちゃん。ロラン殿下には、貴方のことしっかり見て欲しいって頼むのに、自分が逆の立場になったら、それはできないって言うの?」
「そんなつもりじゃ……でも、お母様……」
懇願するような目でみるが、お母様の目は揺らがない。
「とにかく、これは決定事項です。……できれば、この2人のことも、きちんと見て、向き合ってあげて」
お母様に優しく見つめられて、なにも言えなくなった。
「……ほら、ルーちゃん、朝ごはんからなにも食べてないから、お腹が空いたでしょう? このスコーン、食べなさい。それから、あなた。……さっきから黙ってばかりだけど、あなたからもなにかないの?」
お母様がお父様を振り向く。
お父様……あまりに発言がないので存在を忘れてたよ。
「スコーン、美味いな」
……お母様がいるとポンコツなのか? 怖い顔にもだんだん慣れ、目を合わせると頷く姿にほっこりした。