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ロラン王子は、一歩前に出ると、陛下に向けて、静かに話し出した。
「……この捕縛騒動に、どれだけの理があるのかと、先ほどから黙って聞いておりましたが、ルクレツィアの言葉が真実であるなら、捕縛してまで、このように責める道理はないように思います」
ロラン王子は、ゆっくりと近づいてきて、私を立ち上がらせると、優しく縄を解いてくれた。
「そして、この1年余りの間、ルクレツィアを見てきた私が保証しましょう。彼女は、嘘をつくような人間ではないと」
ロラン王子は、振り返ると、陛下に、そう断言してくれた。
「ロラン殿下……ありがとうございます」
ロラン王子が、信じてくれている。……ホッとしたら、膝から力が抜けて、崩れ落ちそうになった。ロラン王子は、私を片腕で支えると、私だけに聞こえるように、顔を近づけて、声をかけてきた。
「大丈夫か? ……災難であったな」
顔が赤くなるのが、自分でもわかった。ロラン王子が隣にいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられる。そう強く思った。
……
…………
「ッ! ロラン様! 私よりルクレツィアを信じるって言うのですか? 私が、嘘をついているとでも?」
しばらく見つめ合っていると、陛下の隣で、ずっと黙って俯いていたはずのアメリアが叫んだ。振り向くと、こちらをきつく睨んでいるのが、わかった。
アメリアの怒りを感じて、思わず、ロラン王子の服の袖を掴む。ロラン王子は、大丈夫、というように支えている腕に力を込めた。
「そうではない。お互いに、不幸なすれ違いがあったのであろう。ルクレツィアは、迫力があるからな。私を、……コホン、……その、慕っていると。そう言われて、近づかないように圧力をかけられた、と思うのも、無理はない」
「だが、ここまで大事にすることもなかろう。ここは、私に免じて、引き下がってはくれぬか?」
ロラン王子は、アメリアに、真摯に話しかける。庇ってくれているのが夢のようで、ロラン王子の顔をぼうっと見つめてしまった。
「……信じない」
突然、アメリアがなにかを呟いた。
「え?」
思わず、素で聞き返すが、アメリアには聞こえていないようだ。
「こんなこと、……信じない! ……主人公は、私なのに! なんでロラン王子が、そっちの味方につくの?! なんで、ロラン王子に、魅了の魔法が効かないの?!」
アメリアが叫ぶ。
……え? 今、主人公って言った?
「……もういい! 振り向いてくれないなら、全部いらない! 陛下、あの2人を捕まえて!」
アメリアの思いがけない発言に、混乱している間に、事態はまた動き出す。
「……2人を捉えよ」
陛下は、アメリアの言う通りに、命令を出す。
「陛下! 息子の私を、理由も無く、捉えると仰るのですか!」
ロラン王子は、目を見開いた後、陛下に向かって叫ぶが、陛下は反応しない。……さすがに、これは、おかしい。小声で、ロラン王子だけに聞こえるように、話しかける。
「ロランさま。……私だけならともかく、ロランさまを捉えようとするなんて、正常な判断が出来ているとは、とても思えません。一旦、ここから逃げましょう」
ロラン王子は、私を一瞬見た後、逡巡するように言った。
「しかし、……陛下になにかあれば、国が揺らぐのだぞ。このような状態の陛下を置いて、このまま逃げるわけにはいかぬ。……それに、情けないが、ここには第3騎馬隊の兵士たちがおる。一対一なら負けぬが、この人数ではな……」
ロラン王子は、悔しそうに顔を歪めた。兵士たちは、さすがに王子を捕まえるのは気がひけるのか、ジリジリと距離を詰めてくるが、手を出そうとはしてこない。
このままでは、2人とも捕まる。そう思って、私は、覚悟を決める。
「ロランさま。……ロランさまになにかあれば、それこそ、次世代の国が危うくなります。……私が盾になります。どうか、ここから逃げることだけを、考えていただけませんか?」
ロラン王子だけでも、逃げてもらおう。元々、全てを背負うつもりで、ここに1人で来たのだ。ロラン王子に信じてもらえて、庇ってもらえて。私の想いは、もう充分報われた。
支えてくれていたロラン王子の腕をゆっくりと離し、一歩前に出て、ロラン王子を守るように立つ。
「ッ! そなただけ残して、逃げるなどしたら、自分を一生許せん! できるわけがなかろう!」
ロラン王子は、私の背中に向かって叫ぶが、私は振り返らずに答える。
「ロラン殿下……国の為に、今は堪えてくださいませ。アメリア様、1番気に入らないのは、私でしょう? 早く捕まえたらいかが?」
薄く笑って、アメリアを挑発する。
「ッ! 貴方達、なにをしてるの! 早く捕まえなさいよ!」
アメリアの発言に、兵士たちは、しぶしぶ動き出す。……捕まる! そう思ったとき、大広間の扉が開いて、割れんばかりの咆哮が轟いた。




