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「お父様、私、ロラン殿下のこと、諦めないとお伝えしたはずです! なのになんで、取り下げる話になるんですか?! クラウスもひどい!」
あまりの展開に呆然としていたが、立ち上がって叫ぶ。
「ではお前は、拒む相手と無理矢理結婚して幸せになれると思うのか?」
「それは……」
「私の力で無理矢理婚約まで漕ぎ着けても、ロラン殿下が拒み続ければ、クラウスの言うように我がザリア家の悪評を招くだけだ」
「まして、ロラン殿下は第2とはいえ王子、王になる可能性のある殿下の婚約者は、王妃候補でもある。2人の仲が悪ければ国民の不安を招く。国王の臣下としても賛成できんな」
ザリア伯爵はあくまで厳しい。
「でも…でも! 好きなんです。こんな…始める前から諦められません!」
「…そもそも、婚約のための初顔合わせで、あの所業。好きになる要素がどこにあるのだ」
「声です!!」
「んん?」
「…ぅえっ?」
ザリア伯爵どころか、静かに後ろに控えていたはずのクラウスまでおかしな声を上げた。思わず一歩踏み出したクラウスは、一つ咳払いをして、何食わぬ顔で私の後ろに戻った。
「……声だけなのか?……そもそも、初顔合わせ以前に声を聞くタイミングがあったか?」
ザリア伯爵がクラウスに視線を送るが、クラウスも首をかしげる。あ、まずかったかな? でも、口は止まらない。
「声だけです! おかしいですか?」
「……いやいやいや、さすがにそれだけで好きになるということはないだろう?」
苦笑いと共に確認されて、プチっとなにかが切れる音がした。声フェチという嗜好まで暴露させておいて、苦笑いはないだろう!
「いやいやいやって。声が好き、のなにがおかしいっていうんですか!? …大体、なんなん? 1週間も篭ってた娘がやっと出てきたっていうのに、2人して追い込むだけ追い込んで、あげく人の趣味嗜好をバカにするとか、それが人の親の所業ですか!?」
お嬢様らしい言動も忘れて叫ぶ。
「大体、好きになるのに理由なんて無いし! 声聞いたら胸がギュッてなって、バカみたいだけど、どんな冷たい言葉でも、頭がボーってして、勝手に胸がドキドキするんだから仕方ないじゃん!」
涙腺も崩壊し、化粧も多分ボロボロだ。
「条件だけで嫌いになれたら警察はいらないし、条件だけでその辺の人好きになれたら恋愛ゲームはいらないんですぅー!」
……
…………
うん。たくさん泣いて、叫ぶだけ叫んだらスッキリした。
あれ? でもなんかまずかったかな……
途中からお嬢様らしい言動も忘れて、言っちゃいけないことも口走ってたような……
ザリア伯爵も、クラウスも、硬直して動かない。
……
どうしよう。もしかして怪しまれたかな?
ルクレツィアと別人てバレたら、家を追い出されちゃう? あー、もうバカバカ! こんな、なにもわからない異世界で外に追い出されたら、あっという間に路頭に迷う。手が冷や汗で、べっとりと冷たい。
……
…………
気まずい沈黙の後、ザリア伯爵はベルを鳴らして言った。
「マデレーンを呼べ。」
え? マデレーン伯爵夫人? ルクレツィアのお母様?
娘? 娘判定なの? 冷や汗が止まらない。
5分ほど経つと、ドアがバーンと開いた。
ルクレツィアと同じ切れ長で翠の眼、美しい銀色の髪、マデレーン伯爵夫人の登場だ。
……淑女はドアをバーンしないんじゃなかったっけ?