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6:クラウスの戦い(1)

「クソッ!」


 ガンッ! なすすべもなく、ルクレツィアお嬢様を見送った後、思わず、壁を殴った。ここまで自分の無能を呪ったことはない。エドワードは、ペタリと座り込み、お嬢様の出ていったドアを、呆然と眺めている。


「クラウス……僕らは、どうしたらいいんだろう……」


 エドワード様が、オレに向かって、やっとそれだけ言った。泣いていた他の使用人たちも、不安げに、オレの前に集まってくる。


 熱くなった頭を冷ますため、、一旦、深く呼吸する。……しっかりしろ。お嬢様は、ザリア家を守れと、オレに頼んだはずだ。……だけど、……クソッ! オリバーの奴、お嬢様を乱暴に扱いやがって! 絶対に許さん!


 ガンッ! 溢れ出す激情に任せて、もう一度、壁を殴る。手から血が流れた。その痛みを感じることで、やっと少し、落ち着くことができた。


「すまん……」


 暴れたことを、皆に向かって謝る。


「すまん……」


 一度だけでは、気が済まず、なにも出来ずにお嬢様を連れて行かれたことを、謝る。


「ルクレツィアさま!」


 葬式のような、沈痛な空気が広がる中、裏口から、ザリア防衛隊のオスカーと兵士たち、ルイ先生が戻ってきた。


「クラウス、……ルクレツィアさまは?」


「……連れて行かれた」


 周囲をひとしきり見回した後、ルイ先生がオレに尋ねた。


「ッ!……なにをしてるんですか! 全力でお嬢様を守ると約束したのでは、なかったのですか!」


 ルイ先生は、珍しく激昂し、オレの肩口を掴んで、壁に打ち付ける。オレは、答えることが出来なくて、ルイ先生の激情を、ただ受け止めた。


「ルーが、……ルーが、僕たちに、ザリア家を守ってって言って、自分の意思で、出て行ったんだ」


 エドワードが、堪え切れなくなったかのように、涙を流しながら言った。しばらく、皆で呆然とした。



***



「……こうしていても、仕方ない。お嬢様の言ったように、ザリア家を、ザリア領を守ろう。そして、お嬢様を助けられる方法を考えよう。……エドワード様、ルイ先生、それにオスカー、力を貸してくれるか?」


 気持ちを切り替え、皆を応接室に移動させた。今、できることをしよう。


 応接室に入ると、やっと動き出した使用人たちが、珈琲を入れてくれた。正直、今は喉を通る気がしないが、いつも通りの仕事をすることで、落ち着きを取り戻してきた使用人たちのため、口をつける真似事をした。


「ルイ先生、……今回の件、あまりに不自然だとは、思わないか?」


「不自然とは?」


 皆が席に着いて落ち着いたのを見計らって、ルイ先生に、今回の件の違和感を尋ねる。


「お嬢様も言われていたが、ザリア伯爵と夫人は、陛下の命令で、隣国を訪問中なんだぞ。その上で、不在のときを狙って、お嬢様を捕縛するなんて、穏健派の陛下のなされたこととは、どうしても思えん」


 お嬢様が、あのとき従わなかったら、内乱に発展してもおかしくないやり方だ。あまりに稚拙で、今までザリア家と良好な関係を保ってきた陛下のすることとは、どうしても思えなかった。


「確かに。……そうですね……そういえば、光魔法の1つに、魅了の魔法というものがあります。……今回、問題の発端になっているアメリア嬢は、光魔法の使い手ですよね」


 ルイ先生は、魔法の知識を思い出すかのように、目をつむりながら、答えた。


「陛下の言動がおかしいとすれば、魅了の魔法にかかっているのかも、しれませんね。確か、ある程度の思考誘導が効いたはずです」


「……まさか! 絶対権力である陛下に、思考誘導だと?! バレたら死罪でも済まないぞ!」


 思わず、声を荒げる。


「あくまで、可能性の1つですけどね。普通の人なら、出来てもやらないでしょうけど。……でも、それくらいの異常事態ですよね」


 ルイ先生にそう言われ、言葉に詰まる。……まさか、……だが、そうだとしたら、お嬢様の身に危険が及ぶかもしれない。思わず、左手のブレスレットを、守るように手で包んだ。

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