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「お嬢様!」


 部屋で着替えの準備をしていると、クラウスが慌てて入ってきた。ノックもせずに入るとは、相当焦っているらしい。


「クラウス、静かに。……今は、時間が惜しいわ。衝立のこちら側で着替えをするから、クラウスは、そのまま、話を聞いて」


 侍女に衝立を準備をさせ、声を潜めながら、着替えを始める。


「ザリア防衛隊を、この屋敷に呼び寄せましょう! 王都の騎馬隊は精鋭ですが、防衛隊を集結させれば、脅威にはなりません。その上、こちらには、グリューがいます。ザリア伯爵と夫人が戻るまでの間、篭城するのも可能なはずです」


 クラウスは、勢い込んで提案してくる。グリューも、賛成だとばかりに一声吠える。


「すでに、ルイ先生が、裏口から抜け出し、ザリア防衛隊に、伝令として向かっています。……お嬢様を、みすみす渡すなんて、絶対にしません。オレが、……オレ達が、必ず、お嬢様を守ります」


 衝立で顔は見えないが、クラウスの声には、悲壮な決意が込められているように、聞こえる。


「それは、できないわ。……先ほどのオリバー隊長の態度を見たでしょう? 訴状を見た限り、今は、私1人の問題で済んでいる。でも、捕縛命令に背けば、ザリア家全体が、王国に反逆していると見られるわ」


 私は、続けて決意を口にする。


「皆を、ザリア家を、守りたいの。……私、行くわ」


 揺るぎない決意を込めて、クラウスに、答えを返す。ドレスを着せてくれていた侍女たちが、堪え切れなくなったかのように、涙を流し始めた。


「ルクレツィアお嬢様……このようにお優しいお嬢様が、他人への誹謗中傷など、なさるはずもありませんのに……ご領主さま不在のこのときに、お嬢様を捕縛するなど、あまりに、……理不尽過ぎます」


「……信じてくれて、ありがとう。私は、大丈夫だから」


 思わず、侍女たちを抱きしめる。


「お嬢様……! 屋敷のもので、お嬢様を信じていないものなど、おりません! 見た目が怖いというだけで、悪評が立ち、このような扱いをされるなど、なんとおいたわしい……」


 侍女たちは、突然の蛮行にもみえる捕縛騒ぎに、感情が高ぶっているようだ。普段なら、人と話しているときは、けして口を挟まないのに、今日だけは、我慢できなかったようだ。


「……ほら、早く準備しないと。時間をかけすぎると、陛下の心象を悪くするわ。……少しでも印象を良くするために、どうか力を貸してちょうだい」


 侍女たちの目を見つめ、頼む。手が止まっていた侍女たちは、ハッとしたように私の顔を見て、涙を拭き、決意を込めて言った。


「……お任せください」


 侍女たちが、準備を再開するのをみて、もう大丈夫だろうと判断した私は、着替えを侍女たちに任せ、クラウスに話しかける。


「クラウス。私がいない間のザリア家のこと、頼める?」


「そんな! オレは、お嬢様を守るために、そのためにここにいるのに……せめて、……せめて、一緒に行かせてください!」


 クラウスは、声を潜めるのも忘れて、叫ぶ。


「クラウス。……私を守ると言うなら、お願い、私の代わりに、ザリア家を守って。ここは、私にとって、大切な場所なの」


 クラウスに、改めて頼む。私1人助かるだけなら、簡単だ。この場で、グリューに乗せてもらい、世界のどこかに旅立てばいい。でも、それでは、周りに罪が及ぶかもしれない。


 この1年近くの間、一緒に過ごした全ての人を、暮らしてきたこの場所を、ここまで大切に思えるとは、自分でも思わなかった。自分の身を危険に晒してでも、守りたい。そう強く思った。


「……わかりました。お嬢様が、無事に戻ってこられるまで、オレが、全力でこの家を守ります」


「クラウス……ありがとう」


 ようやく、クラウスから了承の返事があった。ホッとして気が抜けるが、休む訳にはいかない。続けて、グリューにも頼みごとをする。


「グリュー。お父様とお母様の所まで飛んで行って、できれば、そのまま連れ帰って来て欲しいのだけど、可能かしら?」


(我に不可能なことなど無い。だが、我こそ王城についていくべきではないのか? ルクレツィアを傷つけるものがいれば、全員八つ裂きにしてやろう!)


 グリューは、やる気満々で答えた。


「ありがとう。でも、今回の問題は、武力では解決出来ないわ。お父様とお母様の力が、どうしても必要なの。それも、出来るだけ早く。こんなこと、グリューにしか頼めない。……お願いできる?」


(……よかろう)


 グリューは、同意の唸り声を出した。


「よかったわ。兵士に見つからないようにね」


 グリューは、頷くと、白い猫に変わり、するりと部屋を出て行った。


「間に合うと、いいのだけど……」


 全ては、時間との勝負だ。

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