5
「クラウス……クラウス!」
固まっていたザリア伯爵は、我にかえるとクラウスを呼び出した。
「お呼びでしょうか」
「ロラン殿下から伝えられたことを、今一度聞きたい。クラウスからの報告を聞き、私はもう終わった話だと思っていたのだが、ルクレツィアは、ロラン殿下を諦めないと言うのでな」
諦めないという辺りで、クラウスは、片方の眉をピクリと動かしたが、一瞬で冷静な顔に戻るとしっかりとした声で報告した。
「はい。…ロラン殿下は、ルクレツィアお嬢様のように、高飛車で、贅沢で、マナーがなっていない上に、美しさを鼻にかけている女性とは、絶対に結婚しない、殿下の全力でこれを阻止する、と仰いました」
「……ひどい! そこまでは言われてないわよ!」
「仰いました」
「絶対にとは、言ってなかったわよ……それに……それに、美しさを鼻にかけてるなんて言われてない!」
「正確には、中身の伴わない美しさとやらに惹かれる日は来ない、と断言されておりました」
クラウスは、怒っているのか、強い口調を崩さない。
……ダメだ。あまりのダメージに、立ちくらみしてきた。フラフラとソファに倒れ込んで突っ伏した。
「お嬢様…落ち着く香りの紅茶を、頼みましょう」
クラウスは、少し柔らかい顔に戻ると、申し訳無さそうに跪き、ゆっくりと背中をさすってくれた。
「……こうやって気遣うくらいなら、最初からひどいこと言わなければいいのに」
クラウスを睨みながら涙目で責める。届いた紅茶を一口飲むと、少し気分がましになった。
「お嬢様が現実を直視なさらないからです。エドモンド様、発言してもよろしいでしょうか」
「……許す」
「お嬢様のご希望がどうであれ、こたびの婚約は無かったことにするべきかと」
「ふむ。理由は?」
「元々、ロラン殿下との婚約は、豊かなザリア領にとっては益の少ないものであったはずです。国からの干渉が強まる可能性があり、侯爵家や他の伯爵家からも疎まれます」
「確かにな」
「その上で、あえてエドモンド様が婚約に向けて強く動いたのは、政略結婚しか選択肢の無いルクレツィアお嬢様に、好きな相手との幸せな結婚生活を、との親心であったと愚考します」
「ふむ。……続けろ。」
「政略結婚としてのメリットは、ロラン殿下に疎まれていることが広まれば、ザリア領の権勢を盾に無理を通したと、悪評が広がるリスクのほうが大きいかと」
「また、ルクレツィアお嬢様の幸せという点でも、私は、ロラン殿下との初対面の場におりましたが、殿下は、絶対に、お嬢様を幸せにできないと確信いたしました」
「短慮で直情的、周りの評判を鵜呑みにし、自分で見極める前から淑女を直接罵倒するなど、そもそも王の資質があるもののすることとは思えません」
「……後半は聞かなかったことにしておこう。だが、そうだな。ロラン殿下との婚約は、こちらから取り下げておこう。陛下には、ロラン殿下の初対面での応対についてすでに厳重に抗議してある。なにも言うまい」
「え?え!?……ちょ、ちょっと待ってください!」
強い決意をもってこの場に挑んだはずなのに、気付けば婚約破棄どころか、その手前で挫折ルート!?