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「ロラン殿下。あのっ、……もう少し、……ゆっくりお願いします!」
息を切らしながら、ロラン王子にお願いする。
「ははっ。あまり遅いと、練習にならぬであろう。……セイッ!」
ロラン王子は、構わず、あぶみに乗せた足で馬を軽く叩き、スピードを上げる。私も必死でついていくが、こんなスピードを出すのは初めてで、正直、泣きそうだ。
「ッ! ロラン殿下!」
もう無理だ! 先ほどより、切迫詰まった声を出すと、ようやくロラン王子は、馬を止め、ゆっくりとした歩みに変えてくれた。
「む、すまぬ。……馬で遠出するのが、久しぶりすぎたゆえ、気が乗ってしまったようだ」
ここは、王都から少し離れた森を抜けた、見晴らしの良い草原の中、クラウスが取り付けてくれた約束どおり、ロラン王子と私、それからグリューしかいない。
グリューは、今、黄金のオウムに変化して、上空を旋回中だ。猫以外にも擬態できることに驚いたが、上半身が鷲、下半身がライオンのグリフォンだから、鳥にも猫にもなれるらしい。
ただ、色は擬態できないそうで、黄金色に輝く姿では擬態の意味が無いということで、あまり使わないそうだ。
先ほどとは違い、馬の足並みをそろえて、穏やかに歩く。やっと落ち着いて、隣のロラン王子を見ることができた。
……ロラン王子、やっぱりかっこいいなあ。真っ白い馬に騎馬用の青地に金色のラインが入ったスレンダーな服。サラサラの金髪が風になびき、理想の王子さまを体現している。
秋の風が吹き始めたこの草原で、ロラン王子は、絵のように完璧に見える。……隣にいるだけで幸せな気持ちになって、ただただ、ぼうっと見つめてしまった。
「馬で遠出するのは、息苦しい王城を抜け出すための、唯一の楽しみなのだ。……最初は、誰かと一緒に行くなど、あり得ぬと思っていたのだが、……悪くないな」
ぼうっと見つめていると、ロラン王子は、そう言うと、私をみて笑った。
「ロラン殿下……」
思いがけないロラン王子の笑顔に動揺すると、馬がひひんと鳴いて、暴れた。なんとか落ち着きを取り戻し、馬の首を撫でて、落ち着かせる。
「……2人だけの時は、殿下は要らぬぞ。ルクレツィア」
ロラン王子は、照れくさいのか、遠くを見ながら言った。
「ロランさま……アメリアにも……」
「なんだ?」
「いえ。……ありがとうございます。ロランさま」
少し距離が縮まった喜びも、名前を呼ばれた喜びも、同じことをアメリアにも言ったのかと思うと、苦しい気持ちに上書きされた。思わず確認したくなったが、せっかく2人の時間を楽しく過ごしているのだ。やめておこう。
「? 落ち着いたなら、あの丘の上まで駆けるぞ!」
楽しそうに駆け出すロラン王子を見て、慌てて、ついていった。
なんとか丘の上に上がると、ロラン王子が振り向いて待っていた。同じように振り返ると、王都が見渡せた。
「美しいであろう? 王城で、なんのために努力しているのか分からなくなると、ここに来て王都を眺めるのだ。守るべきものがそこにある、それを確認するためにな」
ロラン王子は、眩しそうに王都のほうを見つめて言った。
「美しいですわね……」
王子としての重責もあるのだろう。同じ立場にないのに、簡単に分かるとも言えず、ただ美しさを肯定して、一緒に王都を眺め続けた。
***
「む? 誰か来るな」
遠目に、馬が駆けてくるのが分かった。待っていると、ルイ先生だった。
「ルクレツィアさま! レオノールさまが、刺されたそうです!」
いつも冷静なルイ先生には珍しく、私たちに近づくと、焦ったように青い顔で、そう叫んだ。




