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「あ、……す、すみません。……私、ロランさまに婚約者がいるなんて、知らなくて……」
アメリアは、泣きそうになりながら、慌てて、ぴょこんと頭を下げて、謝る。
正確には、候補だけど。……そう思ったが、あえて、訂正はしない。
……しかし、困った。悪役令嬢として、1番踏んではいけない地雷を、踏んでしまった気分だ。このまま、没落ルートまっしぐらなのだろうか。
……今、無性に、ビジネス書が読みたくなってきた。パワハラを怖れる上司のためのやつ。以前は、上に立ったことがなかったから、欲しいとも思わなかったが、その手の本には、きっと、現状を打破できる、素敵な指南が、書いてあるのだろう。…ここが、現代の日本なら、今すぐ書店に走るのに。
ひとしきり、自分の致命的なミスについて、現実逃避した後、諦めて、自力でなんとかすることにした。
「アメリアさん……責めているわけではないの。ただ、……私、……」
……結局のところ、直球勝負しか思いつかない私に、できることは、これしかない。恥ずかしさで俯きたくなる顔を上げ、アメリアの目を見て、話す。
「私、……ロラン殿下のこと、お慕いしているの。……それだけ、知っておいてくれれば、いいわ」
今、何を言っても、いじめているように、見えるだけだろう。
「ルクレツィアさま……」
結局、泣きそうになりながら呟くアメリアを、その場に残し、教会の奥へと向かった。
「……なかなか、潔かったですね」
しばらくして、クラウスが、意外にも、褒めてくれた。
「そう? いじめてるみたいに、なっちゃったと思ったけど。……あれ、主人公に、1番やっちゃいけない奴だから」
ただ、ずっと逃げていたので、気持ち的には、すっきりした。
「……没落の可能性があることを、お父様、お母様にも、伝えた方がいいわね。……それとも、没落後も、生活ができるように、なにか手に職でも、持ちましょうか……」
今の私に、できる仕事があるだろうか。魔法の適性によっては、冒険者になるのもいいかもしれない。……あ、ちょっと、楽しくなってきた。
「ね、冒険者って、どうかしら?」
「ありえません! 念のため、ザリア伯爵、マデレーンさまには、お伝えします。ですが、お嬢様も、もっと、真面目に考えてください」
クラウスに、ウキウキしながら聞いたら、速攻で却下され、さらに怒られた。
(我が側にいて、没落などあり得ん。金の恵みは、ザリア家に与えたものだ。ザリア家が離れれば、金鉱は、たちまち枯れるだろう)
グリューから、力強い言葉が出る。ありがとう、という意味を込めて、少ししゃがんで、頭を撫でた。
「お金に困らないのは、助かるわね。……領地を追い出されたら、世界を旅でもしましょうか」
(……我は構わんぞ。暇さえ潰せるならな)
グリューは、どこでもついてきてくれそうだ。
「グリューは、構わないって」
「いやいや、オレが構いますよ。……もうちょっと、伝統あるザリア家を守るんだって、気概を持ちましょうよ」
クラウスに伝えると、クラウスは、不満げにそう言った。




