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「……今日は、エドワードは付いて来ておらぬのか?」
ロラン王子が聞いてくる。ここは、ロラン王子の私室。今日も、私は書類整理のお手伝いだ。
「あ、はい。エドワードは、今日は、騎士団の訓練に参加するので、こちらには後で寄ると言っていました」
「騎士団の訓練? 剣の練習でも始めるつもりなのか?」
私が答えると、ロラン王子は、顔を上げて確認してきた。
「エドワードは、この間の騒ぎで、ルーを守れなかったから、強くなりたいんだって。……健気だよね」
私の代わりに、レオノールが答えた。
エドワードは、一緒に王都を散策したあの日から、私の後をついて回るのをやめた。家でも、外でも、剣の練習はもちろん、色々なことに手をつけて、忙しくしている。寂しくはあるが、応援すると言った手前、引き止めることは、出来なかった。
「ふむ。……その騒ぎのことは聞き及んでおる。先ほどから気にはなっていたが、それが、そなたの従魔か。……グリフォンということだが、本当なのか?」
ロラン王子が、窓際で気持ちよさそうに寝そべっているグリューを、指差して言った。
(それなどと呼ぶ輩に、答える義務はないな)
グリューは、ふんと顔を背けて、言った。
「……失礼した。名前を教えてはもらえぬか」
ロラン王子は、少し居住まいを正して、問いかけた。
(……グリューだ)
少し考えた後、グリューは言った。
「そうか。グリュー、よろしくな」
ロラン王子は、生真面目に挨拶を返す。
「……グリューと、会話が出来るんですか」
不思議に思って、聞いてみる。
「ふむ。……出来ないものが多いのか?」
「……少なくとも、僕は出来ないね」
ロラン王子の問いかけに、レオノールが答えた。
「今のところ、会話が可能なのは、私と、私の父と母のみだったので……」
なぜ出来るのだろう。不思議だ。
「そんなことより、ルー。……そのブレスレット、どうしたの? いつもつけているものに比べて、ずいぶん庶民的な感じだけど」
レオノールが聞いてきた。確かに、石も小さいし、素材的には、いつものものより、数段落ちる。綺麗だから、そこはどうでもいいが。
「あ、はい。エドワードが、落ち込んでいたので、お互いのこと応援しようって、露店で買ったんです。この石、エドワードの目の色みたいで綺麗でしょう? ……あ、ちょっと待ってくださいね」
説明しながら、ブレスレットに向かって、エドワード頑張れ〜と、念を送る。
「失礼しました。ブレスレットを見るたびに、応援すると約束したもので」
「……ふーん。……そう、エドワードのね……」
レオノールは、面白くなさそうに呟く。
「ロラン殿下は、いいの?」
レオノールは、唐突にロラン王子に振り向くと、言った。
「なにがだ」
レオノールの問いかけに、ロラン王子は首を傾げる。問いかけの意味が、わからないようだ。
「いいなら、いいさ。……クラウスは、いいの?」
レオノールは、今度は急に、クラウスに話しかける。
「…………ご質問の意図が、わかりません」
クラウスは、少しの沈黙の後、言った。
「わかってるだろうに。……まあ、いいや」
レオノールが、そう呟くと、突然、ドアが開いた。
「ロランさま……あ、他の方がいらしたんですね。……失礼しました」
アメリアだ! ……心の準備を全くしていなかったので、突然の訪問に、硬直する。
「アメリアか。……そうだな、また後で、私から訪ねよう」
ロラン王子がそう言うと、アメリアは、礼をして、退室した。
「今の子は?」
レオノールが、ロラン王子に問いかける。
「アメリアだ。身分は無いのだが、光魔法の使い手でな。貴重な存在ということで、陛下が城で保護しておる。午前中は、教会で光の癒しの施しをしておるのだが、……なかなか、疲れるらしくてな。城の中庭で、ぐったりしているところを見かけて、声をかけたのだ」
ロラン王子は、気遣わしげに話した。
「へえ。ずいぶんと、殊勝だね?」
レオノールは、そう言って、私に同意を求めて、首を傾げた。
「……本当に、そう……ですわね」
世界から、色が無くなっていくような感覚に襲われながら、答えた。




