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「お父様、失礼します」
「……入れ」
執務室に入ると、エドモンド=ザリア伯爵が気遣わしげにこちらを見ていた。
ルクレツィアと同じ長い銀髪を後ろで束ね、焦げ茶の眼が知性的。怒っているのか、元々なのか少し怖い感じだけど、ルクレツィアによく似た美人さんです。
さて、ゲーム知識しかない私が、この世界で生き残るために、この人の協力は絶対外せません。
令嬢としての立ち振る舞いも出来ない、家族として一緒に過ごした記憶も無い。
頼りになるのは、ルクレツィアのどんなわがままも聞いてくれる、ルクレツィアが大好きな父親という、ゲームの設定だけ。……よし、頑張ろう!
「体調は、もうよいのか?」
「おかげさまで。……ご配慮ありがとうございました」
「クラウスから、ロラン殿下に言われたことは全て聞いている。随分、高慢な態度だったらしいな」
「……っ!申し訳ありません」
「ロラン殿下が、だ」
「……え?」
「そもそも、王が進めている話について、王に直接断るならまだしも、相手を呼び出し、辞退するよう圧力をかけるなど、あまりに配慮に欠けた行動であろう?」
「……確かに。……いや、でもですね、私もマナーがなっていなかったですし、好きなものは何でも買ってもらえることに甘えて、贅沢をし過ぎていたのは確かかと。」
「お父様には、婚約に向けて尽力して頂いたのに、私のせいでこんな事態になって申し訳ありませんでした。」
なんだか泣けてきた。いや、前向きになるって決めたんだから! と、溜まった涙をグッと我慢して、ザリア伯爵を見つめる。
「ふむ。…ルクレツィアにしては、随分殊勝だな。だが、元気になったようでよかった。」
ザリア伯爵が柔らかく笑った。
「ところで、マナーの家庭教師は、10歳のときにもう完璧だからと辞めさせたのでは無かったか?」
……ルクレツィアさん、なにしてるの?!
「……もう一度学びとうございます」
「……いいだろう。手配しておく。ルクレツィアも14だ。マナーだけではなく、この際、 領地経営に必要な知識も身につけるといい」
「領地経営ですか?」
「そうだ。先ほど贅沢がどうのと言っていたが、私はルクレツィア程度の贅沢は問題にしておらん」
「でも、ロラン殿下は……」
「浅慮だな。我がザリア領は、伯爵領とはいえ、ウィルキア王国随一の豊かな領土だ。妻と子がどれだけ着飾ったとしても傾かん。社交界で、その豊かさを体現し、政敵をけん制するのも領地経営の大事な役割だ。これまではその意味までは伝えて来なかった、がな」
「私のわがままがお役に立っていたと?」
「まあ、そうだな」
苦笑しながら、答えてくれた。
「それから、お前の婚約だが、ウインザー公爵の嫡男レオノールはどうだ? あるいは、お前が領を離れる前提で親族から養子を迎える予定だったのだが、それとザリア領に残るのもいいかもしれないな」
「あ、あの!」
「なんだ?」
「私、ロラン殿下のこと、諦めてません!」
ザリア伯爵の動きが止まり、その瞳が驚きに見開かれた。