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「お嬢様……よかった」
振り向くと、それまで固唾を飲んで、状況を見守っていたクラウスが、へたり込んだ。
「あら、クラウス。大丈夫?」
グリューを下ろし、クラウスの近くにしゃがむ。降ろされたグリューは、不満そうに、パタパタと尻尾を足に当ててくる。
「……大丈夫? じゃないですよ。なんなんですか、その猫は。グリフォンが猫に変身するなんて、聞いたこともないですよ。…………それで、話はどうなったんですか?」
クラウスは、立つのを諦めた、と言わんばかりに、手足を投げ出して、聞いてきた。
「あら。会話を聞いていたのじゃないの?」
不思議に思って、聞いてみる。
「お嬢様の発言から、交渉してるのは分かりましたが、グリフォンの発言は、鳴き声にしか聞こえませんでした。……オスカーは、聞こえたか?」
クラウスは、隣のオスカーに声をかけるが、オスカーは、首を振って否定した。
(適性が無ければ、我の声は聞こえない。ルクレツィアは、守護を与えたものの子孫だからな)
グリューは、肉球で、ぽんと私に手をかけると教えてくれた。
「グリフォンが、怒りの咆哮をあげたときには、ああ、もうここで、全員死ぬんだなって思いました。……あんまり無茶はしないでください」
クラウスは、ため息を吐いて、そう言った。
「上手くいったんだから、いいじゃない。金鉱の採掘は、再開できるわよ。あと、グリューは、連れ帰ることになるのかな?」
グリューに目線で確認すると、グリューは、当然だというように、にゃあと鳴いた。
「えっ! 連れ帰るんですか? 大丈夫ですか? 後で、とって食われたりしないですよね?」
グリューは、お前からとって食ってやると言わんばかりに、シャーと、クラウスを威嚇した。クラウスは、身体をビクッと痙攣させると、これ以上はなにも言うまいというように、固く口を閉じた。
「グリュー、あんまりいじめないであげて。……じゃあ、みんなも心配しているだろうし、戻りましょうか」
そう言って、金鉱の出口に向けて、出発した。
***
「……ルー!」
出口から外に出た瞬間、エドワードが凄い勢いで抱きついてきた。思わず、尻もちをつくが、エドワードは、そのまま顔をうずめて離れない。よくみると、泣いているようだ。
「……そんなにグリフォンが怖かったの? もう、大丈夫よ」
尻もちをついたまま、エドワードを抱きしめ、背中を、ぽんぽんと、リズミカルに、優しく叩く。
「そんなんじゃないよ! ……ルーが、……ルーが! 死んじゃうかと……僕、……僕、……なにもできなくて……ごめん……」
エドワードは、しゃくりあげながら、やっとそれだけ言うと、ますます強く顔をうずめて、泣いた。
「エド……心配かけてごめんね」
エドワードの真摯な想いに、胸が暖かくなって、ぎゅっと強く抱きしめた。エドワードの腕にも力が入る。
……
…………
「……取り乱して、ごめん」
しばらく経って、やっと落ち着いたエドワードは、そう言って、ゆっくりと顔を離した。
「……そういえば、ルイ先生とレオは?」
近くにいないのを、不思議に思って、聞いた。
「……ルイ先生は、住民が騒ぎを起こさないように、近くの村の村長と住民の世話をしてる。……レオノールは、公爵の息子に出来ることをしてくるって、……王都の出兵を少しでも早めることができるよう、先に交渉してくるって……」
エドワードは、悔しそうに顔を歪める。
「僕だけ……僕だけ、なんにもできなくて、ただ、出口を、息をひそめて見ているしかできなくて……」
そう言うと、エドワードは、また、ぽろぽろと泣き出した。
「エド……」
うまい慰めが思いつかず、もう一度抱きしめると、エドワードが泣き止むまで、ずっとそうしていた。




