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「……そういえば、先日、ザリア伯爵に、たまたま会ったのだが」
数日後、さっそく訪ねたロラン王子の私室にて、執務机に座って書き物をしているロラン王子を大人しく見ていると、唐突に話しかけてきた。
「私の婚約者候補として、娘をずいぶん強引に推してきた割には、最近は、他の婚約者候補とやらにも力を割いているようだが、なにか目的でもあるのかと聞いたのだ」
「すると、ザリア伯爵は、私たちが全力で応援しているのは、娘の幸せな未来であって、娘の恋ではないと言い切りおった。……笑顔であったが、まるで私では力不足とでも言うような物言いであったな」
ロラン王子は、憮然とした様子でこちらを見た。
……お父様とお母様の気持ちは嬉しいが、ロラン王子にわざわざ言わなくてもいいような気がする。本当に、まるで喧嘩を売っているように聞こえる。
「自業自得って奴じゃない? ルーに対する扱いが、酷すぎるもの。私は、ザリア伯爵にも夫人にも、優しくしてもらってるよ。……あ、この金平糖、美味しいよ。エドワードも食べたら?」
冷や汗をかきながら、答えに躊躇していると、机の上の美しいガラスの壺に入った金平糖をつまみながら、私の代わりに、レオノールが答えた。
「レオノール様、ありがとうございます。……僕にも、お2人はいつも優しいです。あ、本当だ、美味しい。……ほら、ルーも、いつまでも、そんなにかしこまって、じっとしてたら疲れちゃうよ。一緒に食べよう?」
エドワードも、金平糖を幸せそうにほうばってから、私に声をかけてきた。確かに、私も、そろそろ疲れてきた。大人しく金平糖をもらう。
「……そなたたちまで、ここにいることを許可した覚えはないのだが……なぜ、ここにいるのだ」
ロラン王子は、憮然とした表情のまま、今度は、2人に向かって聞いてきた。
「ルーに会いに行こうとしたら、ザリア伯爵夫人から、ここに行くことにしたみたいって聞いてね。ルーに会えなくなるのも困るから、仕方なくこちらに来てる、というわけさ」
レオノールは、やれやれ、という仕草をしながら答える。肩をすくめて、赤みがかった前髪を手でかきあげる仕草は、相変わらず、様になっている。
「まあ、ザリア領より王都のほうが近いから、通うのも楽になりそうだし、悪いことばかりじゃないさ」
「通うつもりなのか……」
レオノールの言葉に、ロラン王子は、がっくりと肩を落とす。
「僕は、執務のお手伝いでもできれば、今後の領地経営の勉強にもなるんじゃないかって、ザリア伯爵から勧められました。あの、ロラン殿下、よければ、なにか仕事をさせてください」
エドワードは、ぺこりと頭を下げる。……無言が続く空気に、言い出すタイミングが無かったようだ。
「いろいろと申し訳ありません」
やっと、それだけ言えた。
「……もうよい。そなたといると、かき回されてばかりだ。……仕方あるまい。……エドワード、どれだけのことができるかは知らぬが、手伝うというなら、こちらに来て、この書類に目を通せ」
ロラン王子は諦めたようにため息をはくと、エドワードを呼び寄せた。
「私たちは、ここでお茶でもしてようか。あ、そこの君、紅茶とケーキを持ってきてくれる?」
レオノールは、マイペースに侍女に声をかけた。
「あの、レオノール様。執務のお邪魔をしたくないのですが……」
慌てて止める。
「そうなの? うーん、仕方ないなあ。……よし、私とルーも手伝おうか。早く終わらせて、みんなでお茶をすれば、いいよね」
レオノールは、ロラン王子に向かって、笑顔で首をかしげる。
「……好きにすればよい」
ロラン王子は、諦めたように呟くと、書類を分け始めた。




