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あの後、私は緊急事態ということでクラウスに抱き抱えられ、王宮を辞したらしい。
気がついた後、私はザリア邸のルクレツィアの部屋にいた。本当は考えることも一杯あったはずだけど、何をする気も起きず、ただただ悲しくて、1週間泣いて暮らした。
誰とも話したくなかったけど、私付きの侍女という2人が、旦那様に頼まれたからと、無理やり着替えやら食事やらお風呂やらのお世話をしていった。
お風呂だけは1人で入りたいと言ったけど、ダメだった……
食事だけは、なんとか頼み込んで部屋に運んでもらってるけど。
そうして、少しずつわかったこと。
まず、全身鏡に映る自分。ルクレツィア=ザリア。
白磁のような肌、切れ長で翠の眼、絹のように腰まで流れる銀色の髪……美しいと思うけど、今まで黒目・黒髪の地味顔だった私からすれば、違和感しかない。
それから、私の執事、クラウス。以前の私と同じ黒目・黒髪のはずなのに、切れ長の眼と整った顔立ちから放たれる冷たいオーラは、地味とは無縁だ。
……そして、ロラン王子……
ダメだ……考えると泣けてくる……
青といっても少し落ち着いた色の眼、サラサラの金髪、知性を感じる力強い声。
…私、声フェチなんだよね。とにかく声に心臓を鷲掴みされて、その声を聴きたくて、ロラン王子だけを攻略し続けた。
そう、ロラン王子は攻略対象なのだ。この1週間、現実逃避を重ねてきたけど、ここは確かに『貴族の花園〜ときめきパラダイス〜』、通称ときパラの世界。
疲れ切っていた日本の私が、死んだのか眠っているのかはわからないけど、私は、ときパラの世界に転生したのだ。
……なんてベタな……と思うことなかれ。ベタがいいのだ。王道なのだ。
中身も王道で、最初は冷たかった王子が、だんだん優しくなり、「ずっと側にいたいが、この立場ではそうもいかん。ままならぬものだな。」なんてつぶやかれた日には、お部屋に飼われるペットになりたい!とベットでゴロゴロと悶えたものだ。
……そんなことは、どうでもよかった。いや、よくはないけど、この1週間、散々、ほっぺをつねったり、叩いたり、なんとかこの悪夢から目を覚まそうと頑張ってみたが、それが無駄な努力だってわかっただけだった。
ほっぺをつねるなんてベタなこと、本気でする日が来るとは思わなかった。
そんなことより問題は、私が転生したのが、ルクレツィア=ザリアだということだ。
このゲームの主人公は、アメリア。今は市井に隠れてるけど、これから貴重な光魔法の使い手として有名になり、王家に謁見が許される。
見開くと零れ落ちそうな青い眼、ふわふわでボブの金髪。困っている人を見捨てられない優しいドジっ子さん。
対して、ルクレツィアは、主人公の邪魔をする悪役令嬢。ロラン王子の婚約者。地位と権力、取り巻きを使って、とにかく邪魔をする。
結果、主人公とロラン王子がトゥルーエンドを迎えたら、主人公とロラン王子が結婚。ザリア家は王子の頑張りにより家ごと没落。
ノーマルエンドを迎えたら、主人公とロラン王子はいいお友達。ルクレツィアは、ウインザー公爵と結婚。
バッドエンドを迎えたら、主人公とロラン王子はお互いに好意を寄せながらもルクレツィアの力によって結ばれず。お互いのことを想いながら、ルクレツィアと愛のない結婚をすることに。
……あれ、頑張ればロラン王子と結婚できるんじゃね? と思った、そこのあなた! 大好きな人がイヤイヤ側にいるんですよ? ずっと、他の人を想ってるんですよ?
むしろ1番回避すべきルートでしょう。
この1週間、泣いて暮らしたのは、ルクレツィアがロラン王子と両想いになるルートが、存在しないせいだった。