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鼓動(仮)  作者: 釜鍋小加湯
第一笑
8/15

1-8

 休日の昼下がり、高尾は冷や麦を作り一人茶の間で食べていた。テレビもつけず黙々と咀嚼し、あっという間に皿の上は氷の溶けた水だけになった。

 コップに残っている水をグッと呑んで立ち上がり、即行で食器を台所へと運び洗った。

 茶の間に戻り、コップに注いだジュースをテーブルに置き腰を下ろした。一口呑んで、即座にテレビ台の扉を開きゲーム機を取り出す。数年前に発売されたロールプレイングゲームを中古店で購入し、休日は専ら熱中している。プレイして二ヶ月くらいになるが、飽きることなく楽しんでいる。

 幸恵からは「ゲーマーだし」といわれたりするけど、それは認められない。何故なら、週末にしかゲームをしないからだ。週に一、二回しかしない人を、ゲーマーだとは呼ばれたくない。

 本当のゲーマーとは、ほぼ毎日ゲームをする人だと思う。

 家に帰れば滑るように特等席ともいうべきテレビの前に座り、時間を忘れて納得するまでやり続ける。

 人を家に呼ぶときも、コントローラーを操作するジェスチャーをして誘うようになる。

 元ゲーマーからいわせれば、今はせいぜいゲーム好き止まりだ。

 ゲームを始めて三十分が過ぎた。普段ならゲームの世界にのめり込んでいる筈なのに、テレビ画面の前には冴えない顔があった。

 殆んど進展することなく、ただただ時間が経過していく。肘をテーブルに載せて、高尾はコントローラーを握っていた。

 ポチポチと『たたかう』のコマンドボタンを押している。その押し方は、押さなければならないから押しているという、惰性に近い感情からだった。

 腕に風が当たり、何気なく外を眺めてみた。窓枠の奥には、でっかい雲の間に水色の空が垣間見えた。右から左へ、海を航海している豪華客船みたいに雲はゆったりと動いていた。

 午前中から柔らかい風が吹いていた。適度に風が入ってきては、部屋全体を涼しくしてくれる。連日活躍している扇風機も、本日は窓際の隅で羽を休めていた。

 目線を戻し、高尾はコントローラーを操作した。画面に映る四人のパーティーを、フィールドから街にある教会へ進ませた。間もなくセーブ画面に切り替わり、データをセーブしてゲームをやめた。

 気が向かないときにゲームをしても、らちが明かない。

 電源を消去し、コントローラーをゲーム機の側に放置した。コップに残るジュースを何口か呑んで、ごろりと仰向けに寝そべった。

 頭の後頭部で指を組み、左膝を立て右足の(ふく)(はぎ)をその上に載せた。ふわりとした心地よい風が、右足の裏を撫でるように通過していった。

 静かな時間が流れている。蝉の声すら聞こえてこない。これも秋の足音なのかな。

 ぼんやりと木目の天井を眺めていたら、突然ミシッミシッと音がしだした。二階に住んでいる人の歩く音だ。

 確か四十代の男が住んでいた。歳は推定だが、数えるくらい挨拶をしたことがある。身だしなみに気を使わないことから、恐らく一人暮らしだろう。無精髭や寝癖が会うたびに見受けられていた。

 それにしてもここまでくると、オンボロアパートを極めているな。歩く音は聞こえるし、座って屁をすれば不快なほど響く有り様だ。防音なんて無いに等しい。もはや筒抜けだ。天井までも所々が黄ばんでいて、染みも目立つ。

 薄汚れた天井の模様を眺めているうち、蛍光灯から何やらぶら下がっているのが目に入った。蜘蛛の糸のような埃が一本、垂らりと下がっていた。

 そういえば、昨年末に彼女と大掃除をして以来、蛍光灯は手つかずのままだった。

 来月辺りにでも休日が重なったら、一度掃除をした方がいいかもしれないな。

 高尾は起き上がり、ゲーム機をテレビ台の中に片した。入れ替わるようにノートパソコンを取り出し、テーブルに載せた。

 こういうときは、気分転換にグラビアアイドルの画像を見るに限る。

『堀田えり』と検索し、水着姿の様々なポーズを一枚一枚見ていった。その他にも、パーカーを着てカメラに向けて唇を尖らせている顔や、ラフな格好をした自然体の表情を見ていくうちに癒されていった。

 やがて何十枚も見ていくうちに、画像を目で追うだけになってきた。気がつけば、昨夜の出来事が高尾の脳裏を(よぎ)っていた。

 何をしてもまぎらわせない。遠くを見るような目になっていた。

 やっぱり、つまらなかったのだろうか。クスリとも笑う仕草を見せなかったのだから。無表情な顔が目に浮かぶ。

 台所で彼女の目を見たときには、怒ってなんていなかった。寧ろこっちに対しビールを注いでくれたりと気を遣ってくれていた。

 もう終わったことなのに、心に引っ掛かるものがある。

 高尾は、頬を膨らませ寄り目をしている堀田えりの画像を閉じた。マウスを操作し、お笑い動画を検索することにした。

 昨晩同様に、お笑い動画がずらりと並び列を連ねた。高尾は迷うことなく、ウールーズの動画を探し決定キーを押した。

 グレーのスーツを着た二人が、拍手と同時にスタンドマイクに向かい小走りに登場してきた。

「おっかさーん」一人の男がいきなり叫ぶと、隣の男が「何がおっかさーんだ、ウールーズですだろ!」と険しい顔をして叫び、男の頭をペチッと叩いた。観客は即座に反応し、一斉に笑いだす。

 この動画のネタは昨夜見たものとは違っていた。共通していることは、片方の芸人の身ぶり手振りがやたら激しいことだ。恐らくこれが、彼のスタイルなのだろうと思い見ていた。

 その彼が話を進め、相方は話のなかの一瞬の間に入る形でボケていっていた。

 お客はしょっちゅう笑っていた。よほど可笑しいのだろう、腹を抱えて笑っている人も映っていた。昨日、仕事から帰宅したときの幸恵の姿と重なった。

 高尾はあまり笑うことはなかった。ウールーズの漫才動画を、このあとも二つ見てみた。ネタはどれも違うものだったが、やはり笑うことは少なかった。

 面白さがイマイチわからない。

 画面には、一度見た動画をリピートしたものが映っている。

 身ぶり手振りの激しいこの芸人。彼こそ、幸恵がいっていた明石明(あかしあきら)ではないのか。

 昨日見ていたときには、どっちが明石明でもよかった。しかし、今になって興味を持ち知りたくもなってきた。

 大会名は忘れたけれど、お笑いの大会で優勝したとかいっていた。ウールーズの一人がこの大会で優勝して、それ以降、テレビに出演する機会が増えているということ。

 彼は確かに、隣にいる相方より存在感があった。テレビでも、何度か見たことがある気もする。

 ネタが終わり、動画が停止した。高尾はノートパソコンの電源を切り、ゲーム機の隣に片した。

 座布団を尻に敷き胡座を組んだ。テーブルに置かれたコップには、底に色つく程度のジュースが残っていた。頬杖をつきながら手に取り、スッと吸い喉に通した。

 窓から微風が入ってきて、真ん中でわけている髪を揺らした。目をやると、でっかい雲は流れ去り、水色の空が一面に広がっていた。

 頭上を見上げてみたら、いつの間にか蛍光灯に垂れていた糸状の埃は何処かへ消え去っていた。

 空っぽのコップを目の前に置いて、高尾は心に引っ掛かることを考えてみた。

 お笑い好きの幸恵を、どうにかして笑わせてみたい。昨夜のような勢いとか思いつきではなく、じっくり考えて披露してみたい。

 ウールーズを参考にしたいけれど、見ていても面白さが伝わってこない。笑えない芸から、何を参考にできるというのだ。皮肉にも幸恵は、その芸を見て笑っていたのだが。そうなると、やはり参考にしないといけないという考えも出てくる。

 昨夜披露したネタは、高尾が面白いと思う芸人を参考に、頭に浮かんだことを形にしたもの。幸恵がはたして、その芸人を好きかどうかはわからない。

 ウールーズだけが、幸恵の好きな芸人とは限らない。他にもきっといるはずだ。それを知ることで、ウールーズ以外の芸風とかネタも参考になる。

 これみよがしにはできないが、彼女を観察する必要がある。どんなことで表情に変化が訪れるのか。

 そもそも高尾自身、笑いの技術なんて知るよしもない。でも笑わせてみたい。どうにかして、自分のやり方で。

 ネタも出来たらじっくり思案して、最終的には披露できるようにしていこう。今度こそ、しらけるのだけは避けたい。時間にもとらわれず、試行錯誤をして来るべきときが来たら、彼女の前で披露することにした。

 そうやって思いを巡らしていると、玄関のドアノブに鍵の指す音が聞こえた。高尾はにやけた顔で立ち上がり、玄関へと向かった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想などありましたら、よろしくお願いします。

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