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夕刻。傾いてきた太陽の日差しが、街全体を照らしていた。泉製作所構内にある白い三つの建物と、玄関を出て門扉へと向かう社員たちの背中にも、その光は鋭く当たっていた。
会社の門扉を出たところで、高尾は坂下と別れた。
「ビールが楽しみだ」別れ際、鼻の下に汗を浮かべ坂下は嬉しそうにいっていた。高尾は、その弾んだ声に相槌を打った。
二人は手を振り別れ、お互い逆方向に歩き出した。
軽い足取りでバス停へ向かう坂下とは裏腹に、高尾はゆったりしたテンポで歩を進めていった。
訊くところによると彼らは、駅前の『居酒屋・月の和』で落ち合うそうだ。
同僚たちの行きつけの店で、呑み屋といえば月の和というくらい、シーズンを通して足を運んでいる。
鳥胸肉のソテーやシーザーサラダ、焼き鳥にビビンバとメニューは多彩で味もいい。店の雰囲気は明るく、値段の方も庶民的でやさしい価格となっている。
右手に手提げ袋をぶら提げ、高尾は国道沿いを歩いていく。
足元の側には歩車道境界ブロックが等間隔で置かれ、若干傾斜している真っ直ぐな道の先には、何人か歩いているのが目に映った。
泉製作所の界隈には、町工場や中小企業の工場が多く建てられている。
就業時間はさほど変わらないため、徒歩する人を目にすれば、大体はどこそこかの工場勤務の人だろうといえた。
国道から外れれば閑静な住宅街が広がり、工場勤めのお父さんのマイホームも建てられている。また、アパートも何軒かあって、こちらは工場勤めの季節労働者や派遣社員が多く入居している。
自動車の整備工場に通り掛かったところで、後ろから呼び鈴が聞こえた。高尾は端に避けた。
自転車二台が立て続けに、ペダルを漕がず緩やかな速さで通過していった。
高尾はそのうちに、噛んでいたガムを銀紙に包んだ。再び歩こうとしたら、微風がサラリとYシャツの襟を揺らした。それは同時に、鼻の下にポツポツと汗が吹き出ていることを気づかせた。
高尾は左手の人差し指で拭き取ってみたら、指の腹に湿り気とざらついた髭の感触が残った。
汗は相変わらずかいているが、微風は身体を通り抜け、涼しさを感じさせるものだった。それは、日ごとに秋めいている気持ちにもさせた。
高尾は再び歩いた。何分か歩いていくうちに、自動車の往来が増してきた。近場に自動車の部品工場があるためだ。
従業員の数が多いことを、同僚から聞いたことがある。自動車通勤の人も沢山いて、派遣社員の数も泉製作所よりも多いといっていた。
部品工場に勤める社員だろうか。歩道を歩く高尾の背後を、数台の自動車が立て続けに追い越していった。後を追うように、駅前行きのバスも重いエンジン音を立てて通り過ぎていった。
高尾の家から会社までは徒歩二十分程度。乗り物は自転車が一台あるが、それはもう一人の住人が晴れの日に使用している。
十字路に差し掛かったところで横断歩道を渡り、左折をして国道を出た。離れるにつれ、自動車の走る轟音が徐々に遠退いていく。
公園を通り過ぎて、住宅地の並びを進んでいくと外壁が緑色に塗装されたアパートが見えてきた。
看板にはグリーンぺパー中川とある。高尾の住まいだ。
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