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灰色の作業着を着た社員たちが、ぞろぞろと職場を後にしていく。終礼の鐘が鳴り、殆んどの社員たちは一斉に更衣室で帰り支度をし始めた。
室内は、ロッカーの開閉音や話し声で騒々しい。週末の解放感からか、大きな笑い声も聞こえてくる。
クリーム色の派遣社員専用のロッカーがずらりと並び、それに平行して所狭しと着替える社員たち。着替えた順に、次々と更衣室を後にしていく。
高尾は、ある列の真ん中よりやや後方にいた。ロッカーの扉を開き、気怠い顔で作業ズボンのベルトを外している。
チャックを下げズボンを下ろし、脱いだ作業ズボンを無造作にロッカーの中に置いた。
トランクス姿でジーンズを拾い上げ前屈みになり履こうとしたら、着替え終えた三十代半ばの角刈りの男が後ろを通ろうとしてきた。
「おーつかれー」角刈り男が誰彼無しに声高にいうと、高尾を含めた何人かが「お疲れさまでーす」と呼応した。
ロッカーの列の間は狭く、角刈りの男はカニ歩きをして高尾のすぐ後ろを通っていった。
ジーンズを履いてからチェックのYシャツを羽織り、高尾は何気なく首を横に向けた。
ロッカーの端の方から、赤いYシャツを着た背の高い男が、こちらに向かってきていた。着替えている人も減ってきて、すいすいと接近してくる。
高尾は首を前に戻し、ロッカーの中に掛けてある使い古した手提げ袋を手に取った。
袋を開いて作業着を入れようとしたら、低い男の声が耳に入った。
「ボタンしろボタン。上司に突っ込まれるぞ」
「作業着じゃないんだから。そういうお前がまずしろ」
背の高い赤いYシャツ男は、高尾の前まできて、爽やかに白い歯を見せた。黒いズボンのポケットに片手を突っ込み、バッグを脇に抱えている。坂下が呑み屋に行くときは、いつもこんな格好だ。
帽子の被ったあともヘアスプレーによって整えられ、茶髪に染められた髪型は綺麗にわけられていた。
「合田からさっき聞いたよ。今日の呑み会行かないんだって?」
「疲れてるから、今回は遠慮しとくよ」
「明日休みだろ、女の子も来るのに」
「聞いたよ。兎に角疲れてるし、気分も乗らないんだ」
坂下は話しているうちに、腑に落ちない表情になっていた。
前回に続いて今回も呑み会に来ないことが、どうしても納得いかないのだろう。二回も続けて来ない理由が疲れたなんて有り得ない、とでもいいたげな顔をしている。
疲れて行けないのが何故よくない。酷暑と残業で、こっちは体力がむしばまれているのだ。だから今日も行かない。
高尾は気にすることもなく、作業着を袋に入れていく。
髪の先を捻り、坂下は作業着を入れている横顔に話題を振ってきた。
「そういえば田島、今日の呑み会に長田さんも来るっていってたよ」
その言葉に高尾は一旦手を止め、坂下の方に黒い目を向けた。
「この間呑みにいけなかったときも、裕子のことをいってた気がするんだよな。なにかあるの?」
「いや、別に。最近話とかしてんのかと思って」
「話はしてないよ。工程も離れてるし、会社で会うことも殆んどないから」
「久しぶりに会ってみたらどうだい?」
高尾は疲れているせいもあって、苛立った口調になっていた。
長田裕子とは、以前高尾が付き合っていた女性のことだ。数年前に別れ、今は呑み会や会社でたまに会うくらいの関係になっている。
何故かはわからないが、最近呑み会に誘ってくるとき、裕子のことをよく話題に出してくる。
大事なことがあるなら連絡先も知っているし、裕子本人から直接伝えてくるだろうと思っていた。
「今日は、疲れているから。またいつか」
高尾は深呼吸をしてから、落ち着いた声で答えた。すると坂下は軽く頷いて、「わかったよ」と小さくいった。
数えるほどの派遣社員が、まだロッカーの前に立ち着替えをしていた。
高尾は作業着を袋に入れ終え、ロッカーの扉を閉め鍵をした。
ジーンズのポケットに鍵を入れたとき、四角い入れ物が指に触れた。ガムの入れ物だった。
銀紙で包まれた粒状の塊を高尾は、坂下の手のひらに二つ落とした。
「おつかれさまでーす」
高尾のそっけない声に、数人の派遣社員は会釈や声で反応した。
乾いた口内に、甘味の後に酸味が広がっていた。
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