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タバコを口にくわえたまま、高尾は聞こえた方へ首を向けてみた。すると、直ぐ側の一段低い位置に小太りの男が立っていた。声の主は、腕を垂らしタバコを片手に笑顔を見せていた。
同期入社の人が他にもいるから、一緒に休まないかということだった。高尾はこの小太り男のことは、強く記憶に残っていた。配属される前に座学をした際、彼は終始頬杖をついて船をこいでいたのを斜め後ろから見ていたからだ。
口からタバコを離し、高尾は「何処で休んでいるのですか?」と聞き返した。すると今度は、「こっちだよ」と腕を伸ばし奥の方を指差してから、小太りの男はひょいと向きを変えて歩き出した。
指にタバコを挟んだまま、高尾は段の下に降り歩いた。本来は土足禁止なのだが、段の上は人が多く歩きづらい。小太り男が関係なく歩いているのもあって、悪びれた様子もなく後ろをついていく。
一番奥のベンチの前に着いたところで小太り男は段を上がり、高尾もそれに続いた。ベンチの周辺には社員がたむろしていた。最も密集しているのは筒型の灰皿の前だが、小太りの男はそちらへは向かわず、ベンチの端の側に立った。
ベンチには三人が座り、端には女性が座っていた。女性は髪を後ろに結び、工場の白い建物をぼんやりと眺めている。タバコは吸っていなかった。
女性の側には背の高い男が立っていた。その男が、タバコを片手に小太り男の方を向いて口を開いた。
「後一人はどうしたんですかね? タバコ吸わないのかな」
「ここにはいなかったぞ。もしかして辞めたのかもしれませんね」
「はっやっ、まだ四日目じゃないですか。来た意味ねーな」
どうやら二人は、同期で入社した六人のことを気にかけているようだ。六人のうち男は四人いた。後一人の男については、高尾は余り覚えていない。印象が薄く、挨拶を一度くらいはしたかもしれないが、会話をした記憶は特になかった。女性の一人は、二日目の朝に退社する連絡があった旨を、担当者から更衣室前で聞いた。
小太り男は新しいタバコに火をつけ、口からモワッと煙を吐きながら笑っていた。
隣に立っている高尾は、それを見てタバコをくわえ火のついたライターを近づけた。数時間振りにニコチンが体内に染み込む。肺を膨らませ、大きく白い煙を口と鼻穴からふうう、と出した。
背の高い男は、手のひらくらいの銀色の灰皿を手に持っていた。その灰皿に小太り男が灰を落としながら「名前なんていうの?」と、高尾に訊いてきた。
三人は名前をいい合い、小太りの男は合田正人、背の高い男は坂下寿和という名前を教えてもらった。
坂下が灰皿を高尾の前に出してきて、「ところで、行程はどこですか?」と口から煙を微かに出して訊いてきた。高尾は軽く礼をしてタバコの灰を落としてから、「切断工程です」と答えた。
「切断!? こっわ。怪我しそうだな」
坂下が軽く笑うと、合田も声には出していないが口を横に広げ笑っている。
視線を落とすと、ベンチに座る髪を後ろに結んだ女性がこちらを見上げて話に入ってきた。
「配属される日、確か機械作業の方へ連れて行かれましたよね」
化粧が薄く、胸元の名札には長田裕子と書かれていた。
この女性は、職場に配属される時に最後まで残っていた女性だ。彼女はそのことを覚えていた。
彼は、今わかる範囲でシャーリングについて説明した。話したところでわかるはずもなく、聞いた三人は何となく頷き、裕子はきょとんとした顔をしてから正面に顔を戻した。
そもそも、説明している本人もまだよくわかっていない。当たり前のリアクションだった。
高尾はこの日を境に、三人と仲良くなっていった。その後二日三日と会ううちに昼食にも誘われ、四人でテーブルを囲み食事をするようになった。その時の話題で、合田の口から近々呑みに行かないかという提案があった。
四人は金曜日の仕事終わり、揃って駅前の居酒屋・月の輪でささやかな呑み会を開いた。店は特に決めていたわけではなく、何となく入った。
新人が新人を歓迎し会う。ビールで乾杯をして、それぞれの自己紹介をしたりした。驚いたのは、四人全員が二十六歳だということだ。「これは運命的だ」と、合田が大袈裟に騒いだりしては、ほろ酔い気分で楽しい時間を過ごした。
出身については、三人は群馬県とこれまた同じで驚いたが、裕子だけは違う県で、寝たフリをしたりしてはぐらかされてしまった。
彼女は、タバコは吸わないが酒は結構強く焼酎を好んで呑んでいた。
この日、実は四人で写真も撮った。追加の注文をする時に、店の人にスマホを渡しお願いをした。通路に椅子を置いて、そこには裕子が座った。両サイドには合田と坂下が立ち、裕子の真後ろに高尾が立った。
アルコールが程好く入り、四人とも柔らかな表情が写真に収まった。
この写真は、四人にとって思い入れ深い一枚になった。
高尾は入社して間もなく仲間が出来たことで、この会社に来るのが嫌になることを少なからず免れることもできた。
六人で入社した派遣社員は、翌週明けには四人になっていた。
泉製作所に入社して、早七日が経過した。昼休み。何時ものように多々いる社員に混じり、四人は休憩をとっていた。見上げれば、爽やかな水色の空にモヤモヤと灰色がかった煙が舞っては消える。
午後の始業が近づき、高尾は坂下から受け取っていた灰皿にタバコを押しつけた。人を掻き分け、側に設置されている筒型の灰皿に入れようとしたら、タバコの吸殻だらけだった。灰皿には吸い終えたタバコが縦に何本も突き刺さっていた。仕方なく、側にある灰皿置き場に空の灰皿の上に重ねた。
向きを変え歩こうとしたら、高尾は一瞬顔をしかめた。針で膝の奥を刺されたような痛みが走った。手を膝に当て、ゆっくりとその場で屈伸をしてみた。一回、二回。脹ら脛もパンパンに張っていた。まるで血が固まっているみたいだ。
そっと足を踏み出してみる。痛みは出てこなかった。
何とか大丈夫そうだ。顔を前に向けると、心配そうな三人の顔が列の最後尾にあった。
笑顔を振り撒ける高尾。それに釣られ、薄く笑い出す三人。
力のない足取りで喫煙所を後にし、高尾はその扉を閉める。風圧でヤニの臭いが、僅かながらに鼻に纏った。
三人目の退社には、なりたくないな。人差し指で鼻をすすり、同じ方向の知らない社員の後ろ姿を追う形で職場へと歩いた。
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