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鼓動(仮)  作者: 釜鍋小加湯
第二笑
13/15

2-1

 工場の仕事は、同じことを繰り返すことにある。ひたすら同じ作業を繰り返して、同じようなものを一日中生産する。単調といわれればそれまでだが、それをしっかりやっていれば給料が貰える。

 作業は立ちっぱなしの現場が多く、主に鉄板を製造・加工している泉製作所も例外ではない。

 こんな言葉がある、キツい、汚い、危険。一言でいうと三Kと呼ばれるもので、工場を現すときに使われたりする。

 高尾が工場勤めをしたのは、泉製作所が初めてだった。

 当時同時入社をした人は、彼を含めて六人いた。面接日は違っていたが入社日は同じで、勤めるにあたり座学を経ていよいよ現場に派遣されることとなった。

 担当者に更衣室を案内されロッカーの前に立つと、丁度目線の高さに自分の名前が貼られていた。灰色のロッカーは古く、所々傷やへこみが見れた。

 今では考えられないことだが、ロッカーの鍵はなかった。担当者によるとこうだ。以前使っていた人が鍵を無くしたり、ロッカーの前まで来て鍵を忘れて着替えられないことが多くてやめたといっていた。そのため貴重品の自己管理は、職場に入る前の座学にて、しつこいほど担当者にいわれた。

 戸が馬鹿になっているのか、田島高尾と書かれたロッカーはいとも簡単に開いた。中には、予め訊かれていたサイズの夏用の作業着が畳んで置いてあった。

 ハンガーがないため、作業着に着替えてから着ていた衣類をロッカーに適当に畳んで置いた。名札をつけて帽子を深めに被り、パタンと戸を閉じ更衣室を出た。

 廊下には既に数人が着替えてきていた。一人の背の高い男が、担当者にボタンを閉めろと注意を受けていた。少しして六人全員が揃い、ぞろぞろと高尾たち新人は担当者の背中についていった。

 廊下からはガラス越しに見える工程もあり、やかましそうな職場や静かそうな職場が見えた。どんなところに配属されるのだろうかと、不安を抱きながら高尾は歩いた。今思うと、誰もがそんな気持ちだっただろう。

 一人、また一人と携わる行程が決まっていき、残り二人となったところで高尾は呼ばれた。

「田島さんはこっちだね。長田さんは少しの間そこで待ってて」

「はい」

 髪の長い女性が返事をして、担当者と高尾は現場へと入っていった。

 職場に足を踏み入れた瞬間から、唸る音と何かを打ち抜くような荒い音が入り乱れていた。

 緑色の通路を歩いていき、赤い大きな機械の前で担当者の足が止まった。

「田島さんは、シャーリングを担当してもらいます。切断行程だね」

「はい」

 堅い表情で、高尾は口パクにも近い小さな返事をして軽く頭を下げた。

 見たこともない機械を前に、彼は圧倒されていた。シャーリングと呼ばれる機械は、教室にあるピアノを大きくしたような形をしていた。そこに、平行したものが腰くらいの高さに長く繋がっていた。時折聞こえるズシンという音に、高尾は恐さを感じた。

 何故自分は機械作業なんだ。工場経験の全くない二十代の新人が、いきなりなんて無理すぎる。機械作業ではない、静かな行程もあったではないか。あり得ないよ。素手でモンスターと戦えとでもいうのか。

 担当者の人が、切断行程について話しをしてくれている。耳元で喋ってくれているが、頭の中が真っ白で全くといっていいほど、理解するに至らなかった。 

 話の終わりに、今の作業者は後半月でここを離れるから、しっかり習ってくれといわれたことだけは頭に残った。

 それから、担当の人は切断作業を腕を組んで見ていた。作業者の動きを少しの間見てから、製品を置いたところで作業者に声をかけた。

 大きい声で名前を呼ぶと、作業者は振り向いて帽子のつばを触って軽く礼をした。顎に溜まった汗の玉を手袋の甲で拭きながら、作業場を離れ近づいてきた。

「こちらは今日から配属になった田島さん。工場初めてだっていうから、丁寧に教えてやって」

 高尾は担当者の隣で、「田島高尾です、よろしくお願いします」といって頭を深く下げた。

 作業者は「千田(せんだ)です、よろしく」といって軽く頭を下げると、その場を離れ作業を再開した。担当者は間もなく、「じゃ、頑張って」と高尾の肩をポンと叩いて職場を後にした。

 彼はその後、ずっとその場に立ってテキパキと作業をする千田の後ろ姿を見学していた。もしかしたら作業をやらされるかもしれない。心の準備はしていたが、結局見ているだけで終礼を残すのみとなった。

 立っていただけに等しい時間だったのに、心身共に疲れていた。初めての工場勤務というのも、理由にあるのかもしれない。

 終礼に並んでいる時、千田から「明日から少しずつやっていくから」といわれ、高尾は「はい、わかりました」と答えた。

 混み合った更衣室で作業着を着替えた後、更衣室の前の廊下で派遣の担当者に声をかけられた。

 どうだ、やれそうか。などと訊かれ、一日突っ立ってただけだったが、やれそうですと一応いっておいた。

 千田の話にもなり、どんな人か訊いてみた。四十歳で泉製作所には七年も勤務しているという。痩せ型で面長な顔をしているせいか、実年齢より若く見えた。独身ともいっていたから、それが理由なのかもしれない。叔父さんには、まだ早い印象を受けていた。

 工場勤務も長く、泉製作所に来る前も工場勤めをしていたとも聞いた。話の終わりに、千田さんは真面目な人だから、半月だけどしっかり引き継いでと、釘を指すかのようにまたいわれてしまった。

 彼の仕事態度は、凄く会社から信頼されていると思えた。高尾は泉製作所に長く勤めたいと、派遣会社の面接で問われたときに答えていた。いい人に出会えたのかもしれない。でも、あのモンスターを千田さんみたいに使いこなせるようになれるだろうか。今は不安な気持ちでしかない。

 玄関前に出てから、彼は重い足取りで自転車置き場まで歩いた。購入したてのワインレッドの自転車にまたがり、グリーンぺパー中川という最近入居したアパートまでペダルを漕いだ。


 翌日から、高尾はマンツーマンで千田から仕事を教わっていった。一つ一つ丁寧に、機械や製品の持ち方など習っていった。シャーリングの機械に触れるようになってからは、鉄板をセットする度に千田に確認してもらった。

 最初はいわれるままに手を動かし、作業手順を中心にメモを取っていった。切断部分の刃について質問すると、手を切断しないようにガードが取り付けられていることなどをいわれ、疑問に思ったことを訊いてはメモを取っていった。

 週後半の昼休み。食堂でカレーライスを食べてから、高尾は一人、タバコを吸いに外の喫煙所へと向かった。千田さんもタバコは吸うのだが、最初だけ場所を案内してもらって以来、昼休みは別々に行動していた。

 一日中同じ職場で顔を合わせているのだから、昼休みくらいは距離をおこうということだろう。暗黙の了解として高尾は捕らえていた。それもあって、喫煙所でも敢えて千田のいない所で吸っていた。

 喫煙所と書かれたドアを開け、高尾は外に出た。青い空に、灰色の龍が舞っているかのように幾つもの煙が昇っては消えていた。

 縦長のアスファルトは、まるで駅のホームみたいだ。寿司のイクラのように人が密集して、殆んどの人が突っ立ってタバコを吸っている。等間隔でベンチが三つだけ設置されているが、その席は全て埋まっていた。

 派遣も正社員も入り混じり、会話をしながらタバコを吸っている人を多く見かける。中には、単にタバコを吸って工場や晴れた空を、ぼけっと眺めている人もいた。

 高尾はこの光景に、毎度驚きを隠せない。朝からずっと立ちっぱなしなのに休憩中まで立ってるなんて、足が棒になることはないのか。それとも、千田さんのように勤務が長いと慣れてくるものなのだろうか。

 唖然とした面持ちで、高尾は入ってほど近い灰皿の側に立つことにした。知らない社員を背に、ガサガサと胸ポケットからタバコを摘まみ取る。足が疲れても、ニコチンを体内に入れたい。気持ちもひとときとはいえ、安らぐことも出来る

 タバコをくわえ、しかめた顔でライターの火をつけようとしていると、「こっちに来ないか」という声が彼の耳に向かって聞こえてきた。

最後まで読んで頂き有り難う御座いました。感想などありましたら、宜しくお願いします。

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