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鼓動(仮)  作者: 釜鍋小加湯
第一笑
10/15

1-10

 週が明けて数日が過ぎた。泉製作所に勤める社員たちは、いつものように黙々と仕事をしていた。職場内には、機械の轟音や打ちつける音が絶えず響いている。

 高尾は、シャーリングマシンの前に立ち作業をしていた。切断する度に、重低音が鼓膜を刺激する。六年も聞いているからだろう。気にすることもなく、平然とした態度で同じ動きを繰り返していた。

 彼女を笑わせてみたい。彼の思う気持ちは今も持続していた。もしかしたら、これは一過性のものかもしれない。時間と共に消え失せていくのではないか。自らの気持ちを疑ってもいた。しかし、現時点でそういった前兆は現れてこなかった。

 そんな気持ちと向き合いながら、休憩や仕事終わりの機会を見計らい、彼は二人にお笑いの話をしようとしていた。二人というのは、合田と坂下のことだ。

 高尾としては、あの二人しかいない時に話をしたいという拘りがあった。それは、普段から仲もいいし話しをしやすいからだ。

 そのため、余計に人がいたり会えなかったりして、その機会になかなか恵まれないでいた。

 週の半ばを過ぎた昼休み。高尾を含めた派遣仲間五人は、食堂で昼食をとった。食後、そのうちの二人とは都合よく別れた。工場内の休憩所でゆっくりしたいということだった。

 残った三人は、いつも通り外で休憩をとることにした。四階から一階まで階段を下り、通路を歩いた。先頭を歩く合田がシルバーのドアノブを捻り、白くて重たいドアを押し開けると、眩しい光が目を細くさせた。

 外は快晴。階段一段くらいの高さに、ひょろ長い駅のホームのような休憩所に着いた。白にも近い灰色のアスファルトの上に、背もたれつきの白いベンチが三つ離れて設置されている。

 一番奥のベンチには四人が座り、二人が側に立って話をしていた。全員男で、他に休憩している人はいなかった。

 丁度よく、ドアからすぐのベンチが空いていた。錆びて汚いせいか、この席は誰も座りたがらない。それもあって食後早めに着くと、ほぼ空いているのが通常だ。合田が気にせずどかりと座る。二人もそれに続くと、背もたれからミシミシッと、割れそうな音が連動して鳴いた。

 三人の座る前には、自動車が往来出来るほどの道路が敷かれていた。そこからそう遠くない位置には、B棟と呼ばれる第二工場の建物があり影を作っていた。どこからかカラスの鳴き声も聞こえてくる。いつも通りの長閑な昼休みだ。

 普段ならこのまま眠かきをしてもいいが、話さなければならないことをふと思い出した。高尾は指で目を擦るのをやめ、何気なく訊いてみた。

「坂下、いきなりだけどお笑いとかって興味ある?」

 足を組んだまま前髪を摘まむ手を離して、坂下はこちらを向き柔らかい口調で答えた。

「お笑い? あんまり興味はないかなあ。最近のお笑い番組って、面白くないんじゃないの」

「俺はたまに見てるぞ。この前の休みの夜も、バラエティー番組やってるの見てたからな」といってきたのは、奥に座る坊主頭の合田だ。ベンチの背もたれに肘を載せ、にこやかに高尾の方を見てきた。

 この前の休みの夜というと、幸恵の笑うツボデータを取っていた時の番組だろうか。それを見て、合田はどう思ったのだろうか。

 寄りかかっている背もたれから背中を離し、高尾は身体を少し前に傾けて合田に訊いた。

「それって赤谷四郎(あかやしろう)が司会やってた番組のこと?」

「そうそれ、最初は普通に観てたけど、後半かなりウケた。テレンズのマネージャーの話しとか」

 その二人組は、確か幸恵が詰まらないって口にしてた若手のお笑い芸人のことだ。合田にはウケてたのか。

 それを踏まえ、高尾は話を繋げる。

「コントとか漫才で、面白い若手芸人とかいる?」

「ウールーズなんか、最近出てきたなかでは最高だな。漫才も上手いし」

 へえ。あの二人結構人気あるのだな。

「それなら俺も知ってる」

ポケットを探りながら、坂下が二人を交互に見ながらいってきた。「何年か前か忘れたけど、お笑いの大会で一人が優勝して、そこから人気出てきたんだよね」

「そう。ピカコンな。あれで明石が優勝して、一気に来たよな。片割れも悪くないけど、やっぱ明石が面白い」

 高尾の間で会話がなされ、話を振った本人は神妙な顔に変わっていた。ウールーズ、どうして面白い。幸恵も合田も坂下も、その良さを認めちまっている。あの大会も有名なのか。とってもショボくて味気無い詰まらない大会ではないのか。

「あったあった、これだね」ポケットからスマホを取り出し、坂下は親指で画面をスライドさせていた。

「ピカピカ一番、全国お笑いコンクール。この大会って、年齢から性別まで全部不問だったんだね」

「明石明の名前載ってるだろ」身を乗り出し、声のボリュームを上げ合田が阪下に問い掛けた

「優勝欄に載ってるよ。賞金も書いてるね」小さく笑って坂下がいうと、合田が「なんぼよ?」と催促するようにいった。

「三百万」

「結構(たけ)えな」

 二人のやり取りを聞いているうち、高尾は落ち着かなくなってきた。

 ウールーズや明石明の名前。更には大会名まで出てきて、つい先日知ったばかりの言葉を耳にする度に、鼓動がドキンドキンと鳴っていた。

 三百万手に入ったら何に使う。二人は賞金の話で盛り上がっている。

 高尾は気持ちを落ち着けたく、B棟の側にある喫煙所の方に目を向けた。筒型の灰皿の前で、一人の男が立ったまま煙草を吸っていた。

 ベンチに座ったまま眺めていると、話しながら六人が高尾たちの前を通過していった。奥のベンチにたむろしていた人たちが休憩所を後にしていった。

 高尾は腕時計に目をやった。午後の始業が近づいてきていた。

 合田がミシミシッと音を上げ、ベンチを立ち上がった。両手を青空にかざして背伸びをした。ふんぐあー。唸る声を出してから、B棟の方を見ながらぼやいた。

「まっ、そういう大会に出る奴なんて、無謀とっ越してよほどのバカだよな。ちゃんちゃらおかしいよ」

「おい待てよ。それはいい過ぎっしょ」

 そう言い放ってから、高尾は無意識にベンチから立ち上がっていた。合田と目を合わせる。お笑い芸人を庇うつもりなんてない。でも、その吐き捨てる言葉は何故か解せなく聞こえた。

「お前、何急に怒ってんの?」

「あ、いや別に」

 我に返り、急激に赤面した。目を逸らし、高尾はB棟の喫煙所が視界に入ると、男は既にいなくなっていた。

「まあまあ落ち着けよ」

 スマホを操作していた坂下が立ち上がり、二人の間に入ってきた。

「田島に訊きたいことあったんだ」

 何だろう。高尾は口を閉ざし、坂下が喋るのを待った。

「先月皆で花火大会しただろ。あの時の花火がまだ残ってるんだ。合田とこの前話をして、またしないかってことになったんだ。暇だったら来ないか」

「どうしようかな、いつするの?」

「来週の土曜日。昼間にバーベキューして、日が暮れてきたら花火をする」

「足りないのは酒ぐらいだな」坂下の言葉を繋げて、合田がにこやかにいってきた。

 口を真一文字に高尾が黙っていると、坂下はスマホをズボンのポケットにしまい、合田はドアへ向かい歩きだした。

 坂下も歩きだし、高尾もそれに続いた。ドアの前で坂下は思い出したように、突然首をこちらに向けてきた。

「そう、場所と日時は決まったら連絡するよ」

 行くかどうかの結論をすら出していないのに。

「田島」

 先頭を歩く合田がドアノブから手を離して、体ごとこちらを向いて口を開いた。

「折角だから、今回は幸恵ちゃんも連れてくれば?」

 高尾は目を大きくして驚いた。

「いいのか? 知らない人とかいるだろうけど」

「大丈夫だろ、これを機に紹介したらいい」合田がいうと、坂下が続いて「久々に、幸恵ちゃんの赤くなった顔も見てみたいなあ」といい、二人は笑いだした。

 幸恵はお酒が弱い。派遣を通して泉製作所にまだ勤めている頃、呑み会に参加しているうちにそれは知られていた。

 未だに幸恵のことを気にかけてくれるなんて。高尾の心は熱くなった。

「帰ったら聞いてみるよ。この前の時の話をしたら羨ましがってたから、誘えばきっと来るよ」

「それなら決まりだ」合田は向きを返しドアノブに手をかけた。白く重いドアを開けた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。感想などありましたら、よろしくお願いします。

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