表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ノーバン始球式

作者: ふーちゃん

ネットニュースで目が惹かれたので。

 あの事件から、やっと5年が過ぎた。

 長い5年だった。

 もう日々の生活の中であの記憶を思い出す人も、そうそういないとは思う。いるとすれば、当時の私の周りに居た人達ぐらいではないだろうか。

 でも、「ほら、あの始球式で・・・」と問われれば、きっとかなりの方の顔に苦笑が浮かぶはずである。それくらいに、当時”あの出来事”は話題になったのである。

 何しろあの忌まわしき代名詞が、かの有名な流○語大賞にまでノミネートされたのだから。

 散々周囲に迷惑を掛けた分際でこんなことを思うのも何だけど、いい加減皆忘れてくれないだろうかと思う。もう、自分の名前が呼ばれるのをビクビクして生活するのはもう勘弁してほしい。

 今でも何処かで笑い声が聞こえただけで、穴があったらどんな小さな穴にだって入ってしまいたいぐらいだ。もっとも、穴に入れば何とかなるのなら、だけど・・・。


 当時私は、駆け出しのモデルを主体とするタレントであった。

 自分で言うのも何だけど私は頑張り屋さんであるし、結構人好かれする性格であったので、雑誌だけではなくお飾り程度の立ち位置ではあったけれどテレビ番組にも偶に声を掛けられるようになっていた。

 街を歩けば偶に振り返ったりもされたし、声を掛けてくれる人だっていたのである。

 確実に芸能人としての地盤も固まりつつあったと思う。

 それに、本名でデビューしていたので地元では特に大きな話題となってもいた。

 それが幸いしたのだろうか、私の元に地元のプロ球団から始球式の営業話が舞い込んで来たのである。

 その年、その球団はは結構調子が良くて首位争いをしていたこともあり、土日には3万人を超える観客を迎える盛り上がりを見せていた。

 そんな最中のオファーである。私は大いに喰いついたのはもちろんのことである。

 まあ、最下位争いであっても喰いついたの間違いないが・・・。


 早速、私は正式な決定が待ち切れず始球式について下調べを開始することにした。もちろん、過去に行われた始球式の様子を、某ネットニュースや、いくつもの動画サイトを利用してだ。

 私は、大好きなご飯も忘れるくらいにそれに熱中した。そして、その結果、私は3つのことに着目したのである。

 その3つとは、一つはコスチュームだ。更に二つ目に投球フォームのパフォーマンス。そして、三つ目はもちろん実際の投球である。

 それらが成功すれば、あとは観客への愛嬌を振ればいいだけだ。他人ひと受けの良い私にとって、それは最も得意とする分野であるから問題はない。

 私は頭の中で、その三つを色んなパターンで組み合わせ想像してみた。その結果、漠然とだが何となくそれなりにはイケそうな気がして来た。ただ、正直なところちょっと物足りなくも感じもしていた。どの想像もありきたり過ぎて、何かインパクトに欠けるのである。

 私の性格上、一旦そう思ってしまうと満足できない。頑張り屋さんの私にとって、熟し営業なんて納得ができないからだ。

 そこで、私は再思考した。マネージャーとも相談した。そして私は思い至ったのである。

「そうだ、コンセプトが必要なんだ」と。

 私は更にネットから何かヒントになる情報がないか検索を繰り返した。深夜から始めた作業は、知らない内に空も白み始めていた。

 そんな中、私はあるネットニュースの見出しに目が留まったのだった。わりと大きく取り上げられていたのである。でも、何故か目は留まりはしたが、その見出しの内容に目を疑ってしまった。

「そんなことが何故?」と。

 しかし、それは女性としての私の間隔でしかない。実際にその時はマスコミに大きく取り上げられたのだから、世間からも凄く注目されていたことも間違いない訳だ。

 だったら、下手な考えを駆使するより、まだ味がしているそれに乗っかるしかないだろう。私は前向きにそう考えた。

 でも、それは私にとってかなりの勇気を必要としたし、大きな冒険でもあった。

 しかし、駆け出しのタレントモデルとしては、とにかく何でも恐れず向かっていくしかなかった。

 何たって私は頑張り屋さんなのだから。

 ただ、問題は始球式の時にそれを行っても、気が付かれない可能性が高いことだ。むしろ明確に分かってしまっては問題なのである。

 それは、オンタイムでは「もしかしたら?」と想像させるくらいが丁度良いはずなのだ。

 であれば、後でその状態を告白することになるはずだが、一体いつどのように告白するかが問題である。一体、そんな機会があるのだろうか?

 私はその後もネットで調べて見たのだが、その回答は得られはしなかった。

 でも、頑張り屋さんの私は前向きなのだ。

 それはきっと「どこかで話すタイミングがあるのだろう」と決め付けて解決とした。

 何たってドーム球場の始球式なのだから、始球式後にかならず何かしらの取材があるはずなのである。


 今となっては、もしも私がこんなに頑張り屋性格でなければ、今頃はきっとささやかなタレント生活を送っていたに違いないと思う。そも思うと、自分の性格が恨めしいことこの上ない・・・。


 ともかくコンセプトは決まった。次は、コスチュームである。

 ネットで見つけた記事の女性は、ショートパンツ姿であった。それは当然だと思う。

 ドーム球場で風が無いとはいえスカートは拙い。しかも投球の際は脚をあげるのだからミニスカートは無論絶対に拙い。コンセプトと絶対と合わない。

 となれば、必然私もショートパンツを選択となる。ただ頑張り屋さんの私は差別化を図った。極力短めのものをチョイスしたのだ。ショートパンツであれば、派手な投球フォームも可能なのである。色んなところの処理さえちゃんとすれば襲るに足りない。

 次は、投球のパフォーマンスである。

 これは、派手なフォームがいい。となると、トルネード投法か、野球アニメの様に脚を大きく上げるかである。幸いにして私はY字バランスが出来るくらいに体が柔らかい。ここは、脚を大きく振りかぶるアニメタイプの方が話題になるはずである。何しろコンセプト生かさなければ意味がないのだから。

 あとは、投球がキャッチャーまで届くかであるが・・・それは、さすがにアイデアでは何ともならない。練習するのみである。頑張るのは得意である。

 それから、私は仕事の空き時間を利用して毎日練習に勤しんだ。事務所の元野球部の人に色々教わった。

 野球は未経験でも運動神経は割と良い方だ。一週間もするとコントロールに若干の不安は有りも、それなりに形になるようにはなった。10球の内、半分以上は球も届く。もし、本番で届かなかった場合は三倍の愛嬌でごまかせば良いのだ。

 これで当日のコスチュームも決まり、フォームも決まり、投球もそこそこ大丈夫となった。概ね全てが揃ったことになる。


 万単位と言う観客から注目を浴びるなど未経験な私は、歓声に包まれた自分の姿と、翌日の話題の中心に自分が成ることを想像しては、お尻がむず痒くなるくらいに興奮が止められなくなっていた。

 私は興奮が心地よいことを、この時初めて感じていた・・・。


 そしてそんな中、ついに待ちに待った始球式当日がやって来たのである。

 朝から胸を弾ませ、心を躍らせた私はマネージャーを急かし、入り時間の1時間前には現地到着。勇んで球場の控え室へと向かった。

 ガバッと扉を開ける。「おはようございます」と挨拶をしかけるが中には誰も居なく、中央のテーブルに真新しい衣類があるだけであった。

「んっ、何?」

 私は嫌な予感を持ちながら近づいた。そして、それを手に取り凝視する。

 それは、どう見ても私の始球式用のコスチュームであった。そう、コスチュームは既に主催者側で用意されていたのだ。

 その内容は、上はそのチームのユニフォームのレプリカで、下はひらひらとした膝より少し上のややミニスカート。それと、一応、その中に穿くショートパンツ。俗に言う見せパンというやつであった。

 当然と言えば、当然の格好である。

 私は愕然とした。

 全く聞いていなかったからだ。折角用意した衣装が無駄になってしまったこともあるが、私がこの始球式に掛けてきたコンセプトが台無しになってしまいかねないからだ。

 でも、だからと言ってここで辞める訳には行かないし、辞めるつもりも全くなかった。

 もっとも辞められる訳も無い。 

 私は気を取り直して、瞬時に新たな気持ちを作り直す。私だって、新米とは言えプロなのだから。

 さあ、そうなると問題は二択。無難にこなすか、コンセプトを優先して勝負を掛けるかだ。

 私は直ぐに計画の何を優先するかを考えた。

 そして、考えた末にマネージャーには内緒で、何を優先するかを独断で決めた。

 もちろん、コンセプトだけは絶対に譲れない!

 私は頑張り屋さんなのだ。


 私は考えた末に<一部>を除いて、用意されたものに着替えることを決意した。


 一旦決めたからには、イノシシ年の私はそこに向かってまっしぐら。私は頑張り屋さんだけでは無い。イノシシ年生まれでもある。

 まずは準備体操から柔軟体操。それからキャッチボール。

 約1時間。私はコンディション万端で控室に戻り用意されたユニフォームとミニスカートに着替える。

 当初予定していた持参したショートパンツから、ミニスカートへとコスチュームが変わってしまった以上、練習のフォーム通りに投げる訳にはいかない。ここからは一人で秘密のフォーム改造。許される時間を、姿見の前で念入りに絶妙な角度とバランスを研究する。

 万が一のことがあってはならないのだ!絶対に!!


 そうこうしている内に、その時はあっという間に私の前にやって来た。

 ドキドキと高鳴る心臓に手を当て、私は自分に言い聞かせる。

「私は頑張り屋さん。絶対に成功する!」と。

 私は顔を上げ、人工芝の綺麗な球場内に入った。

 今までに聞いたことの無い歓声が私を迎える。

「私って、こんなに人気があるの?」そう感じていた。

 もちろん、全てが私への歓声ではないのだが、私には全てが自分に用意された舞台に思えていた。既に気分はドーム球場単独公演である。

 私は緊張の中にありながら高揚感を感じていた。

 球審の方からボールを貰い、私はマウンドの上に立った。バッターボックスに立つのは、1回の表攻撃チームの1番バッター。何とかと言う外国人。

 迫力を感じたが、打ってくるわけでは無い始球式なのだから。始球式の勝者は投手と決まっている。

 私はバッターを威圧するように構えた。観客席が沸く。

 少し抑えめのフォームに変更を余儀なくされたことは残念だったが、私は出来る範囲を精一杯熟すことに集中する。

 よし、剛速球を投げ込むぞとばかりに、私は両手を上げ、大きく振りかぶった。本来は、真っ直ぐに高々と脚を上げる予定ではあったが、ミニスカートである以上、膝を曲げること止むを得ない。

 だが、気分は最高。渾身の力を右手に込め大きく振り御ろす。

「よし、大丈夫上手く力は乗った!絶好調!!」

 私の投げたボールは、緩やかな弧を描きながらも見事ノーバンでキャッチャーミットに吸い込まれる。

 バットはお約束通り、ワンテンポ遅れて空を切る。

 球審のストライクコールがデカい。

「やったー!」

 真ん中のストライク。練習よりも上手くいった。

 練習のフォームを即席で変えたにも関わらず、出来すぎのノーバン始球式。それもど真ん中のストライク。観客席から大きな歓声があがる。選手たちが私に向かって驚きの声を上げ拍手を向ける。

「見てノーバンで届いたよ、みんなぁー!」

 と叫びたいくらい。

 私はノーバン、ノーバンと口ずさみながら両手を挙げて観客席の声援に応える。

 客席からも沢山の人が私に手を振ってくれている。

 一塁側、ライト側、バックスクリーンの両サイド、レフト側にサード側。みんな私に注目してくれている、

 私を見てくれた360度の観客席に向かって、高らかに挙げた両手を振りながらその場を華麗に一回り。

 私は人気アイドルになった気分。

 なんだけど、ワンテンポしてちょっと違和感を感じた。

 なんだろう?

 何故?

 どうして?

 そう思いながらも、止め解きゃいいのに私は観客に応えさらに、その場で一周。

 そこで私は微かな浮力を感じた。腰のあたりから。

 私の回転に合わせて、膨らむミニスカートは重力を忘れ浮力を帯びる。

 当然だ。私に用意されたスカートのフレアは大きいのだから。

 体の回転に合わせてふわりと舞うフレアは美しい。

 ちょっと中が見えてしまうかもしれないが、そこはご愛敬。

 だって、ノーバンでキャッチャーミットに届いたのだから。

 ノーバンでだ。

 でも、あれ?

 その時、私の頭に何かが引っかかる。

 そう、”ノーバン”がだ。

 ノーパン。

 何故にノーバンが。

 んっ、何?

 そして、私の頭にひらめくものが過った。

 凄く似ていて、非なる言葉。

 パソコンでは見分けずらい濁音と半濁音。

 拙い!やばい!大変だ!一大事!!盆と正月!!土用の丑の日!!!

 顔が一気に火照り出す。

 私は高らかに上げた両手を慌てて下ろし、スカートを抑える。

 そうだ、そうなのだ。思い出した!!!!

 私は、コンセプトを重視したあまり用意されたコスチュームの内の一部、そう「見せパン」を敢えて穿いていないかったのだ。

 私が事前の調査で見つけた、ネットで大いに賞賛されていた”ノー○ン始球式”にあやかって・・・。

 でもそれは、きっと、多分、恐らくは、まず間違いなく、私の見間違いに違いない。

 その時、私はやっと気が付いたのだ。

 見えただろうか?

 見えたかもしれない。

 見えてないことを願うが、観客席のドヨメキが明らかに変わっている。

 傍に居る球審の方が、唖然としている。

 ボールを持ったキャッチャーが立ち止まる。

 周りの選手の視線が痛くもあり、熱くもある。

 そして、マネージャーが大きな口を開けて私の方に走って来る。

 ダメ、顔が火照る。脚に力が入らない・・・。


 湧き上がった群衆は何のせい?

 それは、決して私の華麗なノーバン投球ではない。


僅か数秒余りの華の舞であった。

 私は散った。

 散った後の儚さ。

 私のタレント生命はこの時終わりを告げたのだった。


 もう、お分かりのことと思う。

 私のコンセプトとしたネットで見つけた記事を読み違えていたのだ。

 ”ノーバン始球式”と”ノーパン始球式”を。


 唯一の救いは、厳重注意とはなったものの、単なる穿き忘れと言うことになり刑事的にお咎めが無かったことだろうか。


 そして、その翌日。

 そんな私にこんな代名詞が付いた。

 ”枕営業”ならず”ノーパン営業”。

 余談ではあるが、皮肉にもその年、それはとても流行した。


 因みに「流○語大賞」は逃してしまった・・・。


<お粗末でした>




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「ノーバン」が「ノーパン」に見えてしまったという北郷さんの邪念が生み出した話ですネ (*´д`*) ちなみに石原裕次郎はズボンの下にパンツ穿かなかったって本当だろうか。なんかこすれて痛そう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ