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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お姉さんの宝石箱

作者: みんしぃ

 お姉さんのお家には、キラキラ綺麗なものがたくさんある。

 わたしは毎日、お姉さんのお家に遊びに行くのが楽しみで仕方なかった。


 お姉さんのお家に遊びに行けるのは、お母さんがお仕事の間だけ。

 普通の子なら、お母さんがお仕事に行っちゃうのはさみしいって思うのだろうけど

 わたしはお母さんと一緒にいるよりも、お姉さんと一緒にいるのが好きだったから、お母さんがお仕事をしていて嬉しかった。


 お姉さんはいつも優しい。

 お姉さんは花のように甘くていいにおいがする。

 お姉さんのにおいを嗅ぐと、ホッとするのと同時に、胸の奥がズキズキ痛くなった。

 この感じは苦しいけど、お姉さんに会えないよりはマシだ。


「わたしのとっておきのものを見せてあげるわ」


 いつものようにお姉さんのお家に来たある日。

 お姉さんはそう囁くと、まだ入ったことのない廊下の1番奥の部屋までわたしの手を引いた。

 お姉さんの手は絹のように柔らかく、暖かい触り心地で、その触感だけで満たされた気持ちになる。


 1番奥の部屋は、狭苦しくて小さな箪笥が1つ置いてあるだけの部屋だった。

 部屋の大きさの割に大きな窓から西日が降り注いでいて、部屋は朱色に染まっている。


 その殺風景な部屋の情景よりも、わたしの心を侵食したのは、部屋のにおいだった。

 お姉さんの花のような香りが、むせかえるほど強くて

 わたしの意識は飛んでしまいそうだった。


「ほら、これ見て。綺麗でしょう?」


 それはガラスの宝石箱だった。

 箪笥から引き出したそれを、わたしにも見えるようにかがむと

 うっとりする眼差しで、西日に反射して何色にも輝くそれを見つめた。


 お姉さんがわたし以外のものに夢中になっているのがなんだか気に食わなかったけど

 お姉さんのとっておきのものなんだから、尋ねてみることにした。


「中は空っぽなの?」

「いいえ。ここにはね、わたしの大切なものが入っているの」


 お姉さんはガラスの箱を愛おしそうに撫でて、微笑みを浮かべている。


「中身は見せてくれないの?」

「今はまだダメ。でも、あなたは特別な子だから、こうして箱だけ見せてあげることにしたの。この箱だけでも、とっても綺麗でしょう?大丈夫。いつか必ず中身も見せてあげるわ……さあ、もうすぐお母さんが帰ってくる時間ね。お家までお送りしましょう」


 わたしは箱の中身が気になって仕方なかったけど、帰り道でお姉さんの手を握ったら

 箱の中身よりも、お姉さんのぬくもりが心地よくて、そんなことはどうでもよくなってしまった。


 それがお姉さんとの最後の記憶だ。

 次の日も当然お姉さんに会えるだろうと思っていたのに、お母さんが無情にも告げた言葉はこうだった。


「お姉さんはね、遠くの街に引っ越したのよ。だから今日からはひとりでお留守番してちょうだいね」


 お姉さんに突然会えなくなった当時のわたしは、癇癪を起こして大変だったらしい。

 そんな幼き頃から10年程経って、わたしは青春を謳歌すべき年頃になった。


 お姉さんが引っ越した後すぐ、わたしの一家も引っ越して、今はあの町から2駅先の町に住んでる。

 学校が終わっていつも通る帰り道。燃えるような西日が目に痛い。


 長い年月が経ったというのに、西日を見るたびにあのガラスの宝石箱を思い出す。

 今はもうぼんやりとした面影しか思い出せないけど、あの綺麗なお姉さんは今どうしているのだろう?


「お姉さん……」


 ぽつりとつぶやくと、抑えきれない衝動が込み上げてきて

 電車に乗って前に住んでいた町を目指してみることにした。

 あの街に行っても、お姉さんがいるわけがないと、分かっているけど……

 あの家のあった場所が、今どうなっているのか確認してみたい。


 早足で10年前の我が家の隣へと向かう。今住んでいるところよりも、静かな住宅街だ。

 川沿いの道を抜け、角を曲がる。懐かしい景色。次の角を右に曲がれば……


 小さい頃の記憶がどんどん鮮明に蘇ってくる。

 わたしの住んでいた所は、新しい家に建て直されていたが、お姉さんの住んでいた家はそのまま残っていた。


 あの時と変わらない。西洋風の、白い一軒家。

 お姉さんが出てくるわけない、と分かっているのに

 その家へと吸い込まれるような感覚に陥って、いつのまにかインターホンを押していた。


 機械的なインターホンの音が鳴ると、来客を確認するスピーカー越しの声もなく、いきなりドアが開いた。


「久しぶりね。待っていたのよ、あなたのこと」


 別の住民が出てくるだろうと予測したわたしは驚きが隠せなかった。


「なにしているの?さあ、おあがりなさいよ」


 お姉さんはあの時と変わらない。少しの老いも感じない。青白い肌だった。

 お姉さんの、懐かしいにおいががする。

 あの甘い花の香りで、胸の奥がギュッとなる。

 催眠術にかけられたように、頭ははぼんやりしている。言われるままに、足は室内へと動いた。


「こっちよ」


 お姉さんは手招きをすると、廊下の1番奥の部屋に向かった。

 部屋に向かうにつれて、どんどん匂いが強くなる。

 思考がうまく、働かない。


 西日が、朱すぎる。

 1番奥の部屋も、あのときのままだ。


「ほら、このガラスの宝石箱。覚えているでしょう?」


 引き出しから取り出されたそれを、わたしの目の前に差し出すと

 お姉さんはあのときと同じような、うっとりとした微笑みを浮かべた。


「開けてごらんなさい?」

「でも、この箱は開けちゃいけないって、前は言っていたのに」

「いいのよ。今のあなたならこの箱を開けても。さあ、開けてみて?」


 わたしはゆっくりと、ガラスの宝石箱に手を近づけていった。

 このままこの箱を開けてしまえば、あのとき知りたかった箱の中身が見れるのだ。

 強烈な花の香りで鈍った脳は、どんどん手を近づけるように指令を出してくる。


 しかし、僅かに残った理性が、ガラスの箱に触れるすんでのところで働いた。

 10年も経っているのだから、あのときと少しくらい見た目が変わっていないとおかしいはずだ。

 それなのに、青白い肌も、艶やかな黒髪も、何もかも変わらない。


「何をためらっているの?」


 お姉さんは優しく問いかけると、フッと息を耳に吹きかけた。

 あのときと同じ、胸の痛みと、満たされる心が交わる。


「さあ、開けてみて……」


 お姉さんはもう1度促すと、ピタリと宙で固まったわたしの手を握ってきた。

 握られたその手は、どんどん箱のほうへと連れていかれる。


「やめて!」


 わたしはお姉さんの手を払いのけると、部屋の入り口まで逃げた。

 そう。手に触れた瞬間に分かった。


「お姉さんは、そんなに冷たい手じゃなかったよ」


 そう告げても、お姉さんはびくともせず、微笑みを浮かべたまま、こちらを見つめている。

 その様子は朱い西日と対照的に、冷ややかで、恐ろしいもののように見えた。


 そこからどうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。

 とにかく必死で部屋から出て、無我夢中になって走って、息を切らして家に着いた時はもう19時を回っていた。


「おかえりないさい。どうしたの?そんな息を切らして」


 お母さんのいつも通りの姿に、心底安堵を覚えた。


「なんでもないの。ちょっと走りたくなってさ。それより、わたしが小さい頃に住んでいた家のこと、覚えてる?」

「あの2駅先の家でしょう?覚えているわよ」

「そのときさ、お母さんお仕事のとき、隣の家にわたしを預けていたよね?」

「隣の家……?」

「うん、あの西洋風の白くて立派なお家、あったでしょ?」

「ああ、そういえばあったわねぇ。でも、お隣の人にあなたを預けたことなんて、1度もないけど。それに、あの白いお家は空き家だったはずよ」


 その言葉を聞いて、血の気がサッと引いていくのがわかった。

 一体あのガラスの小箱には何が入っていたのだろうか。

 もし、好奇心を抑えられず、あの箱を開けてしまったら、わたしはここに戻ってきていたのだろうか。


 お姉さんの冷たい微笑みが脳裏をよぎった。

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