悪役令嬢(男)は退場したい
勢いで書いた、後悔はしていない。
「リリアーヌ・テフカ!貴様がルミアにした所業はとても愚かでその行いは王妃には相応しくない!今日を持って貴様との婚約を解消する!!」
今日はリュツ魔法学園の卒業パーティー。
着飾った生徒達がダンスや談笑をしたりと盛り上がりも最高潮に至るであろう時に大声でそう宣言した婚約者、いや、元婚約者は嬉しそうな顔で後ろに隠れていたルミアと呼ばれた少女を自分の横へと並び立たせた。
今日は彼の両親である両陛下も来られていると言うのに一体何を馬鹿な事をしようとしているのか。
彼の声に、流れていた演奏はピタッと止み、周囲に人垣ができる。
彼の横に立たされた、潤んだ大きな瞳を持つ何とも保護欲を誘うルミアと呼ばれた美少女は蒼白な顔でプルプルと震えている。
「ああ、ルミア。そんなに怯えなくても大丈夫だ。俺が必ず守ってやるから」
「い、いえ、あの、殿下」
「殿下だなんて他人行儀な事を言わないでどうかその可愛い唇でアレンと呼んでくれ。
今、この瞬間から君は正式に俺の婚約者となったのだから」
「あの、アレン、様。お聞きしたいの、ですが…」
「ん?どうした?」
「リリアーヌ様は……その…殿方、ですよね?」
「ああ、だが令嬢だ。しかも王族に次ぐ権力を持つと言われているテフカ家の令嬢だ。
そんな地位なら婚約者がいても可笑しくないしその婚約者が俺と言うのも打倒だろう?
まあ、元、だがな」
「アレン、私はルミアさんに何もしていませんわよ?だってそんな事をしても何の得にもならないもの。
一体、私がルミアさんに何をしたと言うのかしら?」
「ひっ」
私の発した完璧な女の声に怯えるルミアと呼ばれた少女。
まぁ、失礼ですこと。
「とぼけるな!彼女の教科書やノートに影口を書いたり破り捨てたり、俺が彼女にプレゼントしたドレスを切り裂いたり、贈ったネックレスを盗んだり。
極め付けには貴様、よりにもよって彼女を階段から突き落としただろう!!」
「あら、心外ですわアレン。
私がそんな低能で幼稚な嫌がらせを本当にするとお思いなのかしら?この私が?」
「とぼけるきか!貴様がルミアにした事の証拠は揃っているんだぞ!」
「あら?証拠、ですか?一体どのような証拠があるのか是非見せて頂けないかしら?」
「あぁ、良いだろう。例の物を持って来い!」
アレンの命令に数人の侍女たちが周囲の人垣から歩み出て来て私の前に一列に並んだ。
全員、強張った顔でこちらを窺う様に見ている。
「まずはこれだ、影口が書かれたり破かれた教科書とノート」
一人の侍女が一歩前に出て手にしている教科書とノートを見せる。
そこには読み辛いが庶民風情が、泥棒猫、売春婦などと言った悪口のテンプレートが書かれている。
一通り目を通してから首を傾げた。
「それが私にどう繋がるんですの?」
「この字はお前の字だろう」
そう言われて再度書かれた文字を見るが、私の字とは似ても似つかないとんだ悪筆だ。
「心外ですわ、アレン。
私、仮にも女王教育を受けている身ですのよ?
その様な恥ずかしい悪筆ではございませんわ」
「それなら別の誰かに命令して書かせたのだろう」
さっきまでお前の字だ!と言っていた癖にころりと変わった意見に呆れそうになる。
「では、その実行犯を連れてきて下さいまし」
「……」
「まさか、実行犯を見つけていないのかしら?
それで証拠だと言い張るのはいささか弱いのではなくて?」
「じゃあ、近いうちに実行犯を見つけて来てやる!次だ」
次に侍女が見せてきたのはズタズタに切り裂かれたドレス。
切り口の綺麗な事から刃物で切られたことが窺える。
「これはお前が切り裂いたのだろう?その証拠にドレスの近くに長い金髪が落ちていた。
犯行時にお前が落とした物だろう」
「アレン、この国に金髪の女性が一体何人いるとお思いですの?
人口の約半数は金髪ですのよ?学園の生徒、教師、召使たちにも金髪の方は多いわ。
それなのに何故私だとお思いになったのかしら?」
「お前がその時彼女の部屋に入るのを見たと言う証人がいたからだ」
「その方は今ここにいらっしゃるのかしら?」
「ああ、こい」
アレンの命令に大人しそうな令嬢が人垣の中から肩身が狭そうに出てきた。
人垣から一歩出たところで所在なさげにびくびくしている。
「お前が見たことを正直に話せ」
「は、はい。……1ヶ月程前に、彼女の部屋から勢い良く呼び出して来た方がいました。
後ろ姿しか見ていませんが、長い、見事な金髪をした女性でした」
「あら、貴女もしかして後姿しか見ていないのに私だと証言したのかしら?」
首を傾げてそう問うと令嬢は凄い勢いで首を左右に振った。
「とんでもない!!私はリリアーヌ様だとは一言も申し上げておりません!!」
「なら、私だと言う証言は何処から現れたのかしら。
ねぇ、アレン?」
「……つ、次の証拠だ」
証言を捏造したと言われる前にと無理矢理話題を変えたアレンにため息が出そうになる。
侍女が見せてきたのは一つのネックレス。
大きなルビーを小さなダイアモンドが囲っており、その周りをプラチナがエレガントに囲っている。
カラットで言うと100はあるのでは無いかと言う大きさ。
代々王妃へと受け継がれてきた由緒ある代物でぶっちゃけ国宝である。
本来なら婚約者でもないルミア嬢が持っていて良い物ではない。
「お前は俺がルミアに贈ったこのネックレスをあろう事か盗んだだろう?
これはお前の部屋から発見された物だ、もう言い逃れはできないぞ!!」
「私の部屋からと言ってもそれは私が盗んだことにはなりませんわよ?
例えば、私に罪を着せようとした何者かが部屋に忍び込んでネックレスを隠した、とか」
目を細め、ルミア嬢を見つめるとぎくりとその身を強張らせる。
「……なんだと?」
「聡明な殿下ですもの、それ位の可能性は考えて調査しておりますわよね?」
「………」
「あら?していないのですか?」
「……それは、これから調査する」
「そうですか。
ところで殿下、そのネックレスは殿下が王位へ就かれる時に一緒に新たな王妃へと受け継がれる物のはずですわよね?
それまでは現王妃様がお持ちになられているはず、それが何故婚約者でもなんでも無いルミア嬢に贈られているのかしら?
そう言うのは婚約者に贈る物ではなくって?
そもそも王妃様はこの事をご存知なのかしら?」
ちらりと王妃様へと視線を向けると鬼の様な顔をしていた。
あの様子だと知らなかったか内密に犯人を捜していた様だ。
「う、うるさいうるさいうるさい!!!さっきから口先三寸で丸めくるめようとしているが次はそうはいかないぞ!!来い!!」
癇癪を起したアレンにこれが次期国王かとこの国の未来が少し心配になる。
次に出てきた侍女が持っていたのは大きな鏡。
「これは王家に代々伝わる過去の映像を映すことができる魔法具だ、これで貴様がルミアを突き落とした瞬間の映像を見せてやる。
『時を戻し、我が望む場面を映せ』」
アレンが鏡に手をかざし、呪文を唱えるとあら不思議。
鏡に階段の上にいるルミア嬢とその後ろから忍び寄る私の姿が映し出された。
そっと後ろから忍び寄った私はルミア嬢の背中を思い切り押し、その場から走って逃げ去っていった。
「これで言い逃れはできまい」
どうだとばかりに自信満々に言い放ったアレンに私は質問を投げかける。
「これ、魔法で姿を変えている者かどうかは判別できるんですの?」
「……え?」
「今の時代、『姿変え』の魔法さえ使えれば外見なんて簡単にかえられますのよ?
当然、それ位の判別はされていますわよね?」
「お、王家に代々伝わってきている物なんだからそれ位はできるに決まっているだろう」
「残念だがその鏡にはそこまでの性能は無い」
国王様が口を挟んだ。
「それはあくまでも過去にあった出来事を映し出すだけの鏡に過ぎん、魔法かどうかを見分けるだけの性能はない」
「だそうですわよ?」
「う、ぐぐぐ」
「大体、何故私がその様な事をルミア嬢にしなければならないんですの?
そんな非生産的な事をする理由がありませんわ」
「大方俺がルミアに心を奪われて将来得るはずだった王妃という権力が手に入らなくなることを危惧してこの様な手段に出たのだろう?」
私の質問に、我が意を得たりとばかりにドヤ顔でアレンは言った。
残念な気持ちでいっぱいになり、ため息を吐いた。
「…………ふぅ、本当に残念ですわアレン。
貴方と3歳の時に出会ってからもうかれこれ十数年の付き合いですが、ちっとも私の事を分かってはいなかったようね」
「……なんだと?」
私、いや俺は手にしていた扇子を閉じて片手に握るとふっと軽く力を込めた。
繊細且つ豪華な装飾が施された『相手の頬を全力で打っても壊れない』というキャッチフレーズで売り出された社交界一の頑丈性を持つ扇子はパキリッと軽い音を立てて真ん中から折れた。
折れて床に落ちた扇子と俺の手を交互に見るアレンの顔色は悪い。
手についた扇子の欠片を払い、ふんっと上半身に力を入れた。
途端に膨張した筋肉は着ていたシックなデザインながらも大胆に胸元を開いたドレスをパッツンパッツンにし、ビリッと音を立てて破る。
布が裂けた事によってあらわになった上半身は見事な筋肉で覆われていた。
その鍛え上げられた筋肉を見せつける様にマッスルポーズをとるリリアーヌは言った。
「笑止、俺が本当にそのルミア嬢を排除するのであればそんな手ぬるいことはしない。
徹底的にやるだろう。
わざわざ制服を刃物で切り裂くなどと言う事はしない、何故ならば刃物なんぞを使わなくともこの肉体で破りされる!!
ネックレスなんて物には興味がない、何故ならばそんな物よりもプロテインを方が好きだからだ!
階段から突き落とす?そんな回りくどい事をする位ならワンパンで地に沈める方が早い!
そして何より私はそんな陰気な事はしない、するのなら己の鍛え上げた筋肉で心行くまで肉体言語で語り合うのみ!!」
鏡の前で練習してきたポージングを今こそ発揮すべきだと様々なマッスルポーズを繰り広げる俺をアレンとルミア嬢含む周りの人間は呆けた顔で見ていた。
******
今、世界では転生悪役令嬢婚約破棄物が流行っている。
そのブームは種族と言う垣根を超え、神という人智を超えた存在にまで影響を及ぼしていた。
そして俺はそんな神の戯れに巻き込まれた被害者の一人だ。
この世界の女神は最近、転生悪役令嬢婚約破棄物にハマっているらしい。
その物語を実際に見るために異世界から魂を持ってきたがそれが何を間違えたか男である俺だった。
何度も言うが悪役令嬢、令嬢つまり女だ。
そこでやり直せば良いものの、女神は何をとち狂ったのか『男に悪役令嬢させたら面白いんじゃね?』と考えたらしくそのまま俺の魂をえーいと母上のお腹に放り込んだ。
その上、俺に悪役令嬢をさせるために『俺は男だが令嬢であると思わなくてはならない』と強制力をつけたらしい。
一言言おう、アホか。
そんな強制力を働かせるのであれば何故俺の性別を変えなかった。
女神は頭が可笑しいとしか言いようがない。
家族は誕生した俺を見て跡取りの誕生だと喜んだが次の瞬間、女神のかけた強制力のせいで男だけど令嬢だと思う様になった。
どこから見ても男だと言うのに、だ。
そのため、生まれてからずっと女として世話や教育をされてきた。
前世の記憶があるから男として認識できているがそれが無かったら危なかった。
完璧に自分が女だと認識していただろう。
もしそうなっていたら……薄ら寒い物を覚える。
3歳の時、アレンと婚約を結ばされた。
最初の顔合わせの時点で挨拶をした途端、顔を真っ赤をされたので嫌な予感はしていたがあの時アレンは俺に一目惚れしたそうだ。
幼少期は自分で言うのもあれだが中々の美少女具合だった。
これなら出会ったアレンが一目惚れするのも無理はないと思える位には。
幼いながらに必死に抵抗したが無駄だった。
権力の前に俺はあまりにも無力だった。
幼少期はともかく第二次性徴期を迎えてからは周りの人間も一応、違和感は感じている様だが強制力のせいで違和感の正体が分からないと言った様子だ。
違和感を感じて当たり前だ。
例え女神の強制力がかかろうとどこからどうみても男なのだから。
逆立ちしようがリンボーダンスをしようが喉仏が引っ込むことはないし胸に脂肪の塊が育つことはないし股間にぶら下がるものがあることは否定できない。
強制力はあっても違和感は感じている様だからもしかしたら強制力はそこまで強くないのかもしれないとある日思い立ち、その日から男の中の漢になるために筋力トレーニングを始めた。
女ではなく、男だと認めさせるために王妃教育の傍ら日々腹筋背筋腕立てスクワット体幹トレーニングにランニングとありとあらゆる筋トレをしまくった。
座学を受けながら片手にダンベルを上げ下げし、空気椅子をしながらのピアノレッスン。
足にウエイトを付けながらのダンスレッスン。
寝る前の足上げ腹筋。
そんな日々の努力の甲斐ありどんどん立派に成長していく我が愛しき筋肉たち。
最初のうちは『令嬢にそんな筋肉は必要ない』などと言ってきた家族たちだったがそれでも黙々と筋トレを続ける俺にそのうち何も言わなくなった。
最近では筋トレのお陰で140kgの重量挙げにも成功した。
自分の力を試すためにと王妃教育と学業の間を縫って冒険者ギルドにも登録して実践的な経験値も稼いでいる。
家族はすでに諦め顔だ。
みよ、この鍛えあげられた上腕二等筋と胸囲100㎝超えの素晴らしい胸筋を。
こんなのがフリルの効いたドレスを着るんだぜ?
しかも仕草は優雅で完璧な淑女そのものときたもんだ。
どこからどうみても変態ですどうもありがとうございます。
こんな蓼喰う虫すら現れなさそうな輩と踊らされる王子や貴族たちは終始死んだ目をしている。
そりゃそうだ。
俺も死にたくなるもん。
何が悲しくてこんな野郎どもと手を繋がなけりゃならんのだ。
いくら顔が良いとは言っても生物学上男じゃ意味が無い。
可愛い女の子を所望する。
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思う存分筋肉を見せつけた俺はさてっと二人に向き直った。
「ルミア嬢、いくら殿下が好きだからと言って他人を貶めるような行為はいかがなものかと思います。
その行為は私ではなく貴女自身を辱しめます。
折角貴女は殿下のお心を救える程素晴らしい人間なのですからそんな自分の価値をこんな下らない事で落とさないで下さい。
本気でアレンの隣を勝ち取りたいのであれば正々堂々と正面から私に向かってきてほしかった。
私は逃げも隠れもしません、受けてたったでしょう。
まあ、婚約者ではなくなった今ではもう、それは願えませんが」
そう言い、ふっと微笑むとルミア嬢は羞恥からか顔を赤くして俯き、小さな声で言った。
「ご、ごめんなさい。もう、こんなことはしません」
「はい、これからは貴女が殿下の横に立てるように頑張ってくださいね」
どうやら根っからの悪人ではなかった様だ。
良かった良かった。
ルミア嬢は改心したようだし問題はアレンだ。
「アレン、お前は鍛えが足らん様だな。
いくら自分が好きになった女を妃にしたいからと言って証拠を捏造するのは気に食わん。
その腐った根性、俺が叩き直してやる!!」
「ひっ……」
「来い!」
「ち、父上!母上!!助けてください!!」
首根っこを捕まえて引きずって去ろうとすると両陛下に助けを求め始めたので一度手を放すとアレンはその場でひっくり返った。
俺はその場で膝を付き、両陛下へ聞こえる様に声を張り上げる。
「失礼ながら両陛下、リリアーヌ・テフカ、発言の許可を願います!」
「……よい、話せ」
「はっ、私ごときが言うのは烏滸がましいながらも殿下は少々この国の未来を担うには余りにも未熟な部分が目につきます。
大変差し出がましい事ながら殿下を鍛え直す許可を願いたく」
「むぅ……それは、」
「許可しましょう」
言い淀む国王を遮って王妃が言った。
「リリアーヌなら安心して任せられます。
そこの馬鹿息子の性根をとことん叩きのめして鍛えてやってくださいな」
「は、母上ぇ」
「だまらっしゃい!国宝を盗み出すわ婚約者でもない者へそれを渡すわリリアーヌを姑息な手で陥れようとするわ、貴方の所業はあまりにも愚かです。
少しはリリアーヌの事を見習ったらどうですか?」
「そ、そんなぁ……」
「両陛下の許可は貰った、行くぞ」
再びアレンの首根っこを掴んで引きずっていく。
「い、嫌だ!!それだけは、それだけは嫌だ!!筋肉に塗れた地獄の様な日々なんて嫌だあぁぁぁ!!」
「何を言う、夢の様な日々の間違いだろう」
二人の去った後には静寂だけが残った。
そして、取り残されたルミア嬢は
「リリアーヌ様……素敵…」
頬を染めて二人の去った扉を見つめていた。
それから数カ月後。
リリアーヌに根性を叩き直されてそれまでの自分の愚かな行いをしっかりと理解し精神的にも肉体的にも大きく成長して見違えるような筋肉を手に入れたアレンは弟へと継承権を譲り、リリアーヌへと師事するために冒険者としての道を選んだ。
悪役令嬢としての役割を果たして強制力が消えたお陰で今では思う存分立派な冒険者として活躍しているリリアーヌ。
そしてそんなリリアーヌへとアタックをするために冒険者となり毎日アタックを繰り返しては玉砕するルミアと三人で歴代最強のパーティと呼ばれる事になるのだが、それはまた別のお話し。
割れた腹筋が好きです。