腐女子の私が転生したよ
どうして、この想いを忘れていたのだろう。
私の目の前には婚約者でこの国の王子であるギルバート様が、その麗しの顔を苦々しく歪めながら刺々しさを隠しもせずに声をあげていた。
「お前は俺をバカだと思っていると、そう判断して良いんだな?」
疑問を投げ掛けられたのは勿論私ではない。
彼の幼なじみであり、ゆくゆくは近衛隊長となることが約束されるであろうご友人だ。
「バカですむと思ってるなら、驚愕するな」
そしていつも通り容赦のない忠言をなさっている。
この国では、王族には必ず一人だけ、何を言っても反対する部下と言うものが用意されている。
その者だけが例えどんな言いがかりと思えるようなことでも罰を受けることなく発言できる。
例えば王の政策がどう見ても善政であっても必ず反対する。
悪手だった場合は容赦無しだ。
そうやって常に己の意見とは真逆のものが存在すると意識しながら思考能力を鍛えるためだとされている。
故に目の前で繰り広げられているやり取りは、剣呑なように見えて実は日常茶飯事なのである。
「法で守られているのでなければ処刑するものを」
「馬鹿か。守られてるから言うんだろ」
「くそ、馬鹿っていった方がバカなんだぞ」
「仮にも貴人が『くそ』とかいうなよ、頭悪ぃな」
もはや、内容が子供の喧嘩かと突っ込みたくなるレベルであったとしても彼らの側に控えてなければ、その実は知り得ない。
私は常にそのやり取りを見ていた。
婚約者として側に寄り添い過ごしていたのだから、腹心となるであろうジーク様とは同じくらいに付き合いがあった。
つい一瞬前までは疑わなかった己の将来。
王妃として嫁ぎ、役目を全うする。
愛するギルバート様のために。
だけど、彼女が現れた。
私は気づいてしまった。
この世界は私の愛した乙女ゲームの世界であると。
召喚魔法による異世界人の召喚。
現れた美しい少女。
惚けたように見とれていた許嫁。
動き出したのだ、と確信した。
私のそんな動揺をジーク様に悟られたのはまずかった。
彼はその正義に則り召喚された少女に心を奪われそうであったギルバート様に釘を刺す。
ギルバート様は条件反射のように反発する。
私は頭のなかで記憶を手繰る。
私の愛した乙女ゲームは裏ルートの用意された、所謂『腐女子』ターゲットのゲームだった。
勿論、通常のゲーム好きの女子も満足の落としゲーだったが、それ以上に秀逸だったのは裏のBLルートだ。
そもそも、ゲームだけを楽しむ女子など金づるにはならない。
関連グッズやオリジナルソング集、果てはミュージカルにまでなってこそ、制作会社の売り上げが伸びるのだ。
そして、それらに踊らされるのは間違いなく我ら『腐女子』である。
踊らされてるんじゃない、踊りたいんだ!
見た目の良い男子が二人以上いれば、恋の予感の始まりだ。
喧嘩をすればお付き合いのフラグだ。
私の好物は喧嘩しながら惹かれあう『喧嘩っぷる』だ。
そう、私はギルバート様とジーク様の恋を楽しむ女子だったのだ!
いけない、このままではシナリオが通常の進行を始めてしまうかもしれない。
残念なことに私は悪役令嬢などではないので意地悪イベントの回避でシナリオ変更などという荒業は使えない。
それどころかヒロインと打ち解けて最後は実はジーク様と、などとなってしまうキャラなのだ。
思い出せ。
難易度は高かったけど確かにあったあの裏ルートの入り口を!
「大体、なんでちょっと見た目の良い女が出てきただけで間抜け面をさらすんだよ、王族ならポーカーフェイスは基本だろうが」
「なっ!間抜け面など晒してない!!あれは魔方陣の美しさに驚いたんだ」
「ほー。ならば、許嫁殿を不安にさせるようなことはするべきじゃないな」
「マッ、マーガレット!俺は別に疚しいことなどないからな!!」
ガクガクと肩を揺さぶられて我に返る。
「は?なにか仰いましたか!?」
邪魔をしないで王子様!
私はいま、あなたの将来のことで頭が一杯なのよ!!!