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ここもまた知らないところ

 静かだと思ったのは、大声を上げて襲いかかってくる武装集団がいなくなったからだ。

 その代わりに、辺りに響く奇妙な音。

 ヴオォという音が、遠く近く、重なったり離れたり、何度も繰り返し響いてる。

 なんだろ、あの音。

 他にも驚くことがあった。

 召喚魔法陣。

 さっきと同じ美しさを見せているが、なんとその上に篝火がふたつある。薔薇の花の意匠の上に乗っているのだ。

 普通、魔法陣って、何にもない所に描くんじゃないの? 

 あれ? でも、さっきの国も私のすぐ後ろに結晶の塊があった。何があろうが関係ないのだろうか。

 とにかく、無事に違う国に来たことは間違いなさそうだ。

 今、召喚魔法陣の向こう側にいる白いローブ姿の人の中に、ガッドと呼ばれていた薄毛の人はいない。

 愛ちゃん、ありがとう! 管理人さんのアフターサービス、少しとはいえ疑ってごめんね。

 ここの白ローブさんは六人、いや七人だ。こちらを見て、硬直している。

 呼んでないのに来られたら、驚くよね。時として、こういう客って迷惑だよね。でも、私のせいじゃないから。

 ここの人たちの顔立ちは、さっきの国の人と変わらないように見える。あまりくっきりした骨格の顔ではないけど、極東アジアの人ほど薄くはない感じ。この世界では、見た目の違いは、私の世界ほど大きくないのだろうか。それとも、そう遠くない国に移動したのか。

 彼らも硬直したままだが、私の緊張も続いたままだ。

 途切れることなく続くあの妙な音、なんだろう。

 誰も慌ててないから、危険はないのだろうけど、確認せずにはいられない。

 知らない場所だ。知らないことは聞いたっていいはずだ。

「あの、この妙な音、なんですか?」

 聞かれた白ローブの人たちは、硬直が解けたようだ。不思議そうに互いの顔を見合わせている。

 まさか私にだけ聞こえている音じゃないよね。だったら怖すぎる。

「今聞こえてる、あの音です。なんか、ヴォって感じの。」

 すると全員が、納得したように大きく頷きあった。

 ひとり、前に出て来る。

 私と同い年くらいの、つまり二十代後半と思われる人だ。黒髪で、端整なこの人の顔、好みだ。やばい。気をつけよう。嫌われたくないとか思ったら、状況を見誤る。

 数少ないかつての恋愛経験から、己を戒めた。

「カエルの鳴き声です。」

 彼が言った。

 は?

「カエル?」

 だって、すごい太い音よ。カエルは『ゲコゲコ』って鳴くんじゃないの? ものすごい重低音ですけど!

 心の中で思いっきり疑問を叫んでると、美形の白ローブさんは涼しい顔で教えてくれた。

「大ガエルの鳴き声です。この辺に多く生息しているんです。あなたの世界にはいませんでしたか?」

 彼は説明をしつつ、手で大きさを示してくれた。私が『殿様カエル』として認識しているサイズだ。

「います。いますけど、見たことは…、ある、かな?」

 写真やTVで見た気はする。はっきりしていることはひとつ。

「鳴き声は知りませんでした。本当にカエル?」

「捕まえてきて、お見せしましょうか?」

 親切そうな作り笑いで言わないで欲しい。

「いえ、結構です。」

 害がないなら、問題ないです。

 気が抜けた。

 なんてこったい。自己紹介より先に、カエルの話をしてしまったよ。

 ため息をついてるうちに、白ローブさんたちは動きだした。

 陛下にご報告をとか、大祭司長補佐殿を呼べだとか、指示する声が聞こえてくる。

 さっきの国の言葉と少し違う。

 同じ日本語圏内でも、混じりけなしの東北や沖縄の言葉は、残念ながら私には全く分からない。それに比べると、この世界の言葉の違いは、関西周辺地域の言語の違い程度の差だ。

 カエルだと教えてくれた人は、私がさっきいた国の言葉で話したから、それに合わせてくれたのだろう。

 音の正体を知って少しばかり落ち着くと、背後に光源があるのに気づいた。さっきの国と同じような光る水晶もどきの塊があるのかも。

 そっと背後を見てみると、やっぱりあった。

 でも色が違う。さっきの国ではオレンジ色の光が中にともっていたが、今度は青い。

 国によって色が違うのだろうか。

 改めて、召喚魔法陣も見てみた。人に囲まれていないと、大きく感じる。

 暑苦しい人達がいないと風が通る。それでもコートを着たままでは暑い。荷物も重い。

 松明がドンと置かれていても到着できたということは、召喚魔法陣の機能に問題はないということよね。

 私は、迷うことなく、持っていた荷物を全部地面におろした。夜ごはんの入ったレジ袋は、地面に置くのがためらわれたから、新しいコートの入った紙袋に入れた。

 体を起こすと同時に、思わず深い息が出る。重さから解放されて、体が楽になった。

 白ローブさんたちは、何やら話し合いが済んだのか、居住まいを正し始めてた。

 十代後半にみえる子から白髪交じりの人まで、年齢は幅広そうだが、女性はいない。

 その中でも若そうに見える三人が、私に頭を下げてから、この場を離れて行った。誰かを呼びに行けと言う指示が聞こえていたから、きっとそれに従ったのだろう。走っていく先に篝火がある。篝火は、きっと道沿いに置かれているのだろう。

 その後すぐに、残り四人が整列した。一番前に立ったのは、最年長ではなかった。

 カエルの彼だ。

 私を見ているのは、この人だけで、残り三人は、彼より一歩下がった所に立ち、目を伏せている。

 これは、何かのお約束事に則った立ち方なのだろうか。

 この世界の作法はわからないので、私は自分にできるお行儀良さを示すしかない。

 暑さを我慢して背筋を伸ばす。右足を、足の甲半分後ろに引く。腰はやや前後に傾いているが、肩から上は真正面。これで軽く肘をおって掌を体の前で重ねたら、お客様をお迎えする時の姿勢だ。ビジネス・マナーの範疇だが、これしか知らないから仕方ない。

 きちんと向かい合っても、BGMがカエルの重低音な鳴き声。緊張感に水を差されてる。

 長閑だと思おう。

「異界の方。」

 カエルの彼が、静かに声を掛けて来た。

「アサイル王国へようこそおいで下さいました。私は、大祭司長のケイリズ・ファーノです。心より歓迎いたします。」

 ゆっくりとした穏やかな口調だ。安心感を与えてくる。

 が、私は、幸薄い確率の高い、勘のいい女である。

 立ち姿、表情の動き、声の波。そういうことから、彼が不安と警戒心を持っているのがわかる。後ろの三人からも、同じものを感じる。

 カエルの事を教えてくれた時には、感じなかったんだけど、どうしてかな。もしかして何らかの交渉を始める事になるのだろうか。

 管理人の愛ちゃんは、大切にされると言っていたけど、話半分に思っていた方がいいかもしれない。

 そして、ここで新たな問題に気付いた。

 アサイル王国、大祭司長、ケイリズ・ファーノさん。

 私、覚えていられるだろうか。頭の中で、耳慣れない名前や言葉を繰り返す。名刺交換という習慣の有難みを思い知る。が、個人的な能力の限界に落ち込んでいる暇は今はない。

 黙っているのはよくない。私も自己紹介をすべきでしょう。

 安定した声が出ますようにと願いつつ、深めに息を吸い込んだ。

「私は、高原、綾乃、といいます。高原は家の名で、個人名が綾乃です。高原と呼んでください。」

 この国の言葉で話す。さっき小耳にはさんだ白ローブさんのやり取りで、言葉は完全に自分の中に入ってるのがわかった。魔法のおかげだろう。

 そんな私に、ファーノさんの表情が一瞬緩んだ。すぐに元に戻ったけれど、確かに『素』に見えた。

 私のお行儀は、彼らにとって及第点だったのだろうか。

 後ろの三人も肩から力が抜けたみたいだ。

 彼らの警戒は、私と冷静に話が出来るかどうか、だったのだろうか。

 ま、不安は少しわかる。いきなり「カエル」の話から入ったものね。

 そして、ファーノさんの顔が、真面目なものから、慈しみ系の微笑みに変わった。

 きっとこれ、ビジネス仕様の顔だ。彼のお仕事は「大祭司長」だものね。

「タカハラ様。ご不自由をお掛けすると存じますが、心を込めてお世話をさせていただきます。」

 言われたことに、今度は不安がぶわりと湧き上がった。

 この世界の人って、どんなふうに暮らしているんだろう。トイレとか、衛生面がすごく気になる。でも聞くのが怖い。

 無理。

 日本でしていたのと同じ生活は、きっと無理。

 いや、私。それは後で考るべきだろう。

 言わなくてはいけない事がある。私を召喚した国の事を話して、この国に害が及ぶかもしれないと伝えなくては。

 でもごめん。先にひとつだけ、自分のことを優先させてください。

「お気持ち有り難く存じます。ファーノさん。ここ、暑いですよね。今、夏ですか? 私の国は冬だったんです。だから冬服で、暑くて仕方ないんです。で、このコート、脱がせてもらいます。」

 お願いではない。通告だ。

 コートのボタンに手を掛ける。

「わ、わかりました。」

 お澄まし笑顔のファーノさんが、慌てて顔を背けた。後ろの三人も、思いっきり下を向いてくれる。

 コート一枚脱ぐくらいで、この反応とは。良い人達だと思うけど、この国に住むとなったら、かなりのお行儀良さを求められるかも。自信ないなぁ。

 とりあえず、紳士方に感謝して、ストールと一緒に、バサリとコートを脱いでしまう。

 はらんでいた熱が、放たれていく。大きく深呼吸をした。今日着ていたカットソーが、ハイネックじゃなかったのは不幸中の幸いだ。暖か自慢のアンダーウェアを着ているけど、コートとストールがなくなっただけで随分違う。

 首筋に当たる風が気持ちいい。熱が離れて行く感じを、しばし味わった。カエルの鳴き声の重低音さえ心地よく思える。

 それから、まだ視線を大きく外したままでいてくれる紳士な人たちを見る。

 真面目で真剣、だからこそ少し滑稽なその姿。それが、さっきの国で生まれた、心の中のヒリヒリとするような不安や不信感を和らげてくれた。

 少なくともこの人たちは、私を貶めようとはしていない。

 今のところは。

 私はコートを抱えたまま、イケメン大祭司長ファーノさんを見た。黙ってたら、視線が戻ってきそうにない。背筋を伸ばして、立ち直し、声を掛ける。

「ファーノさん。お心づかいありがとうございました。」

 改めて向き合ったファーノさんには、ビジネス用慈しみ系笑顔がしっかり戻っている。何を考えているのかなぁ。

 ここは、知らない場所だ。私は、自分が『誠実』だと信じる行動をとるしかない。

「私を召喚した国について、お話ししたいことがあります。この国の上層部の方にお伝えいただけますか?」

 『大祭司長』が、取締役クラスなら話が早そうだなと思っていると、ファーノさんが、とても素敵な作り笑いになった。

 圧力を感じる。

「タカハラ様。私は、アサイル王国の神殿すべてを統べる者です。国王陛下にもご進言できる立場です。ご心配なく。」

 びっくり。

 宗教関係者のトップでしたか。

 若すぎじゃない? 若づくりなの?

 知らなかったとはいえ、ファーノさんのご気分を害したかも。笑ってごまかそうとして、危うく思いとどまった。日本人的な、ごめん水に流してねという笑みは、通用しないかもしれない。生真面目な顔をしておくのが無難だろう。

 それに、臆した様子を見せたくない。しっかり彼の視線を受け止めた。

「失礼しました。『大司祭長』という役職が、どのようなものか存じ上げませんでしたので。」

 ファーノさんの顔が慈しみ系笑みに戻った。よかった。正解をひいたようだ。

 では、続きと行きましょう。

「お話ししたいのは、召喚された時の状況です。」

「ウィンザム王国のことですか?」

 え? これまたびっくりだ。つい声がうわずった。

「誰が召喚術を行ったか、知っているんですか?」

 驚いている私に、ファーノさんは少しだけ目を見開いたが、すぐにビジネス・スマイルに戻って大きく頷く。視線が私の後ろへと移った。

「神の石の色がオレンジでしたから、ウィンザムが召喚に成功したことが分かりました。」

 オレンジ色?

 彼の視線を追って、振り返ってみる。

 これ、『神の石』と呼ばれているんだ。

 でも、今は青。

 私がその青い光を見ている間にも、ファーノさんの説明が続く。

「どこの国でも、神の石を見守るのが、神殿の役割のひとつです。国によって光の色は違いますが、元は無色透明です。異界の方が来られた時だけ、ご滞在先の国の色に変わるのです。この神の石がオレンジ色になったことで、ウィンザム王国が異界の方の召喚したとわかりました。今は青ですから、その方が我がアサイル王国におられると、どの国の神官も知っているでしょう。各国の王の耳にも、もちろん入ります。」

 みんな知ってる……。私に武器を突き付けた人達も。

 ファーノさんに向き直った時、自分の顔がこわばっている事が分かっていたけど、他にどんな顔をしていいかわからなかった。

 そんな私の様子のおかしさに気づいたのだろう。ファーノさんから笑みが消えた。

「タカハラ様?」

「私がこの世界に来た時、召喚魔法陣は、武装した人達に囲まれていました。」

 ファーノさんの眉間がわずかに寄せられる。その後ろにいる三人も、お互いに様子を確認し合ってる。

「剣はすでに抜かれていて、命の危険を感じました。そして、あなたと同じような白い服を着た人が、私に向かって服従を求めたんです。呼びだしたのは自分だから、自分が主だと。大人しく命令を聞けと言われました。」

「それは、本当のことですか?」

 問いかけるファーノさんの声が低くなってる。

 私を疑っているのか、ウィンザムと言う国に憤っているのか、あるいは両方かもしれない。

 視線を逸らさず私は続けた。

「もし、あなた方のように迎えてくれていたなら、私はここにいません。酷い目に遭いそうになったから、怖かったから、違う国に行くことを望んだんです。だから、ここにいるんです。」

 証拠を撮っておいてよかった。私は通勤バッグに戻していた携帯をもう一度取り出した。

 ウィンザムでは『写真』ということばが通じなかった。ここでもそうかもしれない。けれど見てもらえれば分かるはず。

 彼らの方へ携帯を向けた。

「ウィンザムの様子をカメラで撮りました。武装した人達が映っています。」

「タカハラ様、それはもしかして、『写メ』というものですか?」

 え?

 思いもしなかった言葉が返って来た。ファーノさんがやや前のめりになってる。

 シャメ? 写メ?

「『写メ』を知っているんですか?」

 ファーノさんに、ビジネス用慈しみ系の作り笑顔が戻った。

「文献に残っています。」

 ぶんけん。文献?

「それって、昔の話と言うことですか?」

 特別な事ではないと言うふうに、ファーノさんが答えてくれる。

「二百二十一年前に、我が国が召喚した異界の方の記録にあります。」

 二百二十一年前。そのころ日本はまだ江戸時代だ。当然『写メ』なんて言葉はない。

 私の世界と、時間は全くシンクロしていない。

 あまりショックに感じないのは、もう帰れないと諦めていたせいかな。それとも、衝撃は後からゆっくりと実感するのだろうか。

「タカハラ様、見せて頂けますか?」

 私の話の途中で、険しささえ見せていたファーノさんだが、今は目が楽しい方向にきらめいてる。

 実物を見たいんだ。そうよね。二百年以上も前の人の携帯が残ってても、電池切れだとただの物体だものね。

 私は小さく息を吐いてから、真面目な顔をつくった。話はまだ、大事なところが終わっていない。

「ファーノさん、もちろんお見せしますが、私が心配してるのは、彼らが異世界人を取り返すために、攻めてきたりしないかってことなんです。」

「それはありません。」

 即答だった。

「どうしてそう言えるんですか。」

「どの国にも、異界の方をお迎えする機会がありますから、異界の方がいる国を攻めてはいけないという取り決めがあります。異界の方がおられる事で、その国は大きな恩恵を受けられます。なのに戦などが起っては意味がありません。それなら、召喚などしないほうがいい。だから約束は守られます。」

 わかりやすい理屈だ。

 でも、抜刀した人たちに囲まれた私としては、話が単純すぎる。

「では国の間には何もおこらないとして、異世界人に対してはどうでしょう。ウィンザムでは剣を向けられました。私個人が恨まれることはありませんか。」

 ファーノさんの顔が真摯なものになった、と思う。

「あなたを守ります。」

 イケメンに言われると心がざわつく言葉だ。たとえそれが損得の問題であったとしてもだ。

「異界の方の中には、あなたのように住まう国を変える方がいます。召喚した方を失いたくはありませんから、快適に過ごして頂けるよう心配りをするのが普通です。もちろんアサイルもそう致します。」

 では、ウィンザムには『普通』でない事情があったということになるが、今の私には情報が少なすぎて判断できない。

 召喚魔法陣に目をやった。

 これを描きながら、彼らは何を考えていたんだろう。

 その美しい紋様を少しの間だけ眺めてから、視線を上げた。

 改めて見たファーノさんに作り笑いはなかった。最初にあった不安や警戒心も見えなくなってる。

 私を見定めようとしているかのような、強い視線が向けられていた。

 何を見極めようとしているのだろう。

 私はといえば、それに苦笑いをしてしまった。

 決然とした態度を見せようとしている人に失礼だとは思うけど、その目、怖すぎだ。見られた方は怯えちゃうよ。

「ファーノさん、怖い顔になってますよ。逃げ出したくなります。」

 虚をつかれたように、彼の表情が緩んだ。

 それから、ファーノさんの口の両端が上がり、目が細められる。なんか意地悪そうな笑顔だ。作り笑いに見えない。

 私、どこかスイッチ押しちゃった?

「タカハラ様。何不自由なくという訳にはいかないでしょうが、努力はします。アサイルに決めてください。」

 やばい。偽りのない誘い文句だ。

 彼が見定めようとしていたのは、やってきた異世界人の反応だった?

 ファーノさんの顔が気に入っている私としては、たとえそれが意地悪笑顔でも、はいと言ってしまいそうだ。

 彼は、更に少し顎を上げた。

「写メ、お持ちなんですよね。見せてください。」

 ……偉そうだ。上から目線で催促ですか。

 やばいと思った熱は、一瞬にして冷めた。『俺様男』は好みじゃない。

 けれど私は大人なので、ダメとは言いません。大人ですからね!

 ファーノさんの説明通り、国を移動しても攻撃される心配がないのなら、証拠写真を見せる必要はない。ほのぼの画像で友好関係を築こう。

 かわいい子猫とか、友達の子どものかわいい寝顔とか、おいしそうなスイーツとか。男の人がそれを見て楽しいと思うかはわからないが、殺伐としたものは私が見たくない。

 あぁ、もう美味しいスイーツとも一生お別れかと思いつつ、私はフォト機能を起動した。抱えていたコートは紙袋の上に置く。

 彼らを撮影して見てもらうというのもいいかもしれない。動画の方がきっと面白い。

 ファーノさんたちは、いつどこに飛ばされるか分からない召喚魔方陣の中に入る事に警戒しているのか、近づいて来ない。

 私の方が彼らの側に行くしかない。

 携帯電話だけ持って、彼らの方へ、召喚魔法陣の中心から一歩踏み出す。

 思えば、この世界に来て最初の一歩だ。

 ……あれ?

 前に出した右足の方へ体の重心を移すのと同時に、召喚魔法陣が動いた。

 私、また魔法陣の真ん中にいる。

 ファーノさんたち四人は、慌てて一歩下がってる。

 それを見て前に進むのを止め、一歩下がってみた。召喚魔法陣はやっぱりついてくる。

 右へ一歩動いてみるけど結果は同じ。

 左へ三歩ほど歩いてみたけど、やっぱり私は常に魔法陣の中心にいる。

 何これ、出られないんだけど!

 縋る目をファーノさんに向けてしまった。

「これ、どうして動くんです?」

 ファーノさんが驚いた顔をしている。作った顔じゃない。もしかしてわからないの?

 大祭司長って、神殿の最高責任者なんでしょう。召喚方法を知ってるんでしょう。どうなってるの?

 心のままに言葉を出そうとした時だった。

 音が、遠くの音が耳に入って来た。

 反射的にその方向に目を凝らす。でも暗くて何も見えない。

 私の反応に、ファーノさんも同じ方向を向いた。

 近づいてくる。今度は、その音の正体が私にもわかった。馬だ。もしくはそれに類した動物が数頭。蹄鉄の音に聞こえるから、野生の動物じゃないだろう。

 ファーノさんたちが、慌てていないところを見ると、馬かな。カエルがいるなら、馬もいるだろう。

 人を呼びに行く指示がされていたから、それに応えた誰かかもしれない。

 姿が現れると、後は早かった。騎乗されてる馬が三頭、召喚魔法陣の中に突っ込んで来そうな勢いでやってきたが、見事な手綱さばきで魔方陣の手前で止まる。

「なんと美しい。」

 馬上の男性が、感嘆の声を上げた。

 もちろん彼が見ているのは、私じゃない。召喚魔法陣だ。

 褒められてるよ、ウィンザムの魔法陣描いた人、よかったね。

 でも、どうやったら出られるの?!



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