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「私は……」答えなんて決まっている。
嘉埜は、涙と一緒に泥を拭うと、一ツ目に向き直った。
「死にたくない。そのためには、何人でも殺してやる」
「そうかい、やっぱり君は……」
口にした言葉の罪深さに耐えられなくなったことを誤魔化すためか、あるいはその細い身体に溜め込んだ鬱憤の爆発か
嘉埜は辺り構わず、一ツ目のセリフをも遮って半ば半狂乱で叫びはじめる。
「だって……だってそうでしょ!?
あんな奴生きてても意味ないでしょ!!
最低だよ! 最低!!
だいたい意味わかんないよ!
さんざん私を蹴って、笑い者にして、いきなり死ねって!!
あいつらが退屈しなかったのは私のおかげなのに!!
あいつらがいじめられなかったのは、私がいじめられてたからで、本当は誰でもいいに決まってる!!」
「嘉埜、落ち着いて。
今ので彼が君の居場所を把握したんじゃないかな」
落ち着け? 落ち着けだって?
これから殺されるかもしれないのに?
殺すかもしれないのに?
他人事のポーズ決め込むのも大概にしろよ!
嘉埜は立ち上がった。
一ツ目への苛立ちと共に、不思議と抗う気力も湧いてきたのだった。
「なんか……刺せるような物貸してよ。
あのとき急にいなくなって、何か持ってきてるんでしょ?」
「察しがいいね」
一ツ目はカッターナイフを嘉埜へ手渡すと、近くの木の上へ退避した。
もう、腹は決まっている。
奴を殺すことへのためらいはゼロだ。
嘉埜は、五感を研ぎ澄ませて相手を待った。
僅かな動きも、物音も、香りも、逃せない。
逃せばそれが死に繋がる。
おそらく、一瞬の勝負になるだろう。
大狼の獲物は嘉埜のそれよりもリーチが長い。
待ち伏せからの奇襲、それが嘉埜にとっての最善策。
六月のじっとりとした気候の下、額を伝う汗の滴るに任せたまま、嘉埜は身じろぎもせずに相手を待っていた。