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ざわり。
音を立てて木々が騒いだ。
沈みかけた陽に赤く染まる地面に落ちる複雑な陰影が、風に靡く分だけ形を変える。
煽られ立ち上った腐葉土の臭いに、私の心もざわつく。
何か重要なことを忘れてはいないだろうか?
重要なこと?
上履きは、途中で脱げた。
通学鞄は、大狼のツラに投げつけた。
伝線し楕円形の穴が空いたタイツ、泥で黒く汚れた顔。
どれも重要だが、今は別だ。
緊急時に気にすることではない。
私、逃げてきて、ここで待ち伏せすることにして……。
懸命に反芻する。
なんだ? 何を忘れている?
またざわざわと、周囲の木々が夏の気配を含んだ湿った風に吹かれ、葉音を立てた。
そう、文字通り"周囲から"。
そうだ、私、なんでここで立ち止まっちゃったんだろう。
背中に冷たい汗が伝う。
それは小さな氷の粒が、何粒も背中を滑り落ちて行くようだった。
ここは背水の地でも行き止まりでもなんでもなく、ただの、本当にただの林の中だ!
つまり敵は――後方の茂みの揺れる音に、ハッとして振り向いた――私の死角からもくるんじゃないか!!
一歩遅かった。
あと三十秒前に気づいていれば良かったのに。
勝利を確信したかのような、大狼の薄笑いが見えた。
私は腹部に走った鋭い痛みに耐え切れず、その場へうずくまった。