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いまにも叫び出しそうな心を必死に抑えて、淋代 嘉埜は黒いストッキングが植え込みの枝に引っかかり伝線するのも構わず走り続けた。
吐く息は荒く、また熱かった。
上履きから靴へ履き替える暇もなく校舎から逃げ出し、履きっぱなしの上履きが片方脱げても、嘉埜は振り返りもしなかった。
そんな些末な事柄に構っている暇などなかったのだ。
逃げても何も解決しないということはわかっている。
それでも、あの殺意が凝縮された一閃をセーラー服のスカーフに受けたとき、恐れの感情が一気に噴き出して冷静な思考が保てなくなった。
あの一ツ目は、こんなときでも私を見ているのだろうか。
そんなどうでもいい疑問が浮かんでは消えていった。
人は死の危機に直面していても愚にもつかぬことを考えるのだな、と、嘉埜は人間の生存本能の薄弱さを呪った。